予期せぬ出会い
「どうして私がこんなことを……」
親衛隊の隊長からサイとの連絡係に任命されたアイリーンは、王宮へと向かう馬車の中でため息を吐いた。今王宮へ向かっているのは、連絡係としての顔見せのついでに親衛隊が警護を担当することをサイに連絡する為であった。
黒竜盗賊団を討伐してゴーレムトルーパーを二機も保有し、フランメ王国の王族とアックア公国の公女と婚約しているフランメ王国の新たな英雄。それとお近づきになれる可能性がある連絡係という立場はとても名誉なものと言える。
アイリーンも最初は今の連絡係のようなお近づきになれる立場に何としてもなろうと考えていたのだが、その新たな英雄が幼馴染のサイだと知ると、実際に連絡係に任命されても嬉しくはなかった。
(親衛隊の連絡を伝える連絡係だなんて……。それじゃあ、まるで私があのサイより下みたいじゃない!)
内心で不満の声をあげるアイリーン。
今回の祝勝パレードと婚約パーティーの後でサイの実家は男爵から伯爵へ陞爵されて、サイ自身は軍での少佐の地位が与えられる事が決定していて、アックア公国からはすでに伯爵の階級と軍属少佐待遇の地位が与えられている。
つまりサイはすでに実家が子爵で少尉のアイリーンよりもずっと上の存在であるのだが、イーノ村や軍学校でずっと彼を下に見てきた彼女はその現実に気づいていなかった。いや、むしろ現実から目を逸らしているというべきだろうか。
アイリーンが内心で不満の声をあげているうちに馬車は王宮に辿り着き、王宮の中に入ったところで彼女はサイがどこにいるのか知らない事を思い出す。案内役を頼める人間がいないかアイリーンが周囲を見回すと、丁度通路の先に一人の侍女の姿が見えた。
その侍女はツインテールのした赤紫色の髪が特徴的な非常に容姿が整った女性であった。背丈はやや低く遠くから見たら子供に見られるかもしれないが、体つきは成長していて特にアイリーンよりも豊かな巨乳が侍女の制服の中からその存在を主張していた。
「そこの侍女」
「え? 私ですか? ……あら?」
アイリーンが侍女に声をかけると、その侍女はとても王宮に勤める者とは思えない態度でアイリーンを見て首を傾げるが、彼女はそんな侍女の態度を気にすることなく言葉を続ける。
「私は国王陛下の親衛隊の者だ。親衛隊よりサイ・リューランに伝えることがあるので彼の元に案内してもらいたい」
「………そうですか。分かりました。サイ・リューラン様はこちらの応接間にいらっしゃいます」
赤紫の髪の侍女はそう言うとアイリーンをサイがいる応接間にと案内する。その態度はやはり王宮に勤める者とは思えないのだが、アイリーンはそれを気にする余裕はなかった。
(何でサイなんかが王宮にいるのよ……!)
サイがこの王宮に滞在することはこうして知っていたし理解しているのだが、実際に彼が王宮にいると聞くとアイリーンは苛立ちを禁じ得ずにいられなかった。彼女の中では彼は辺境の村出身の青年であり、王宮に足を踏み入れる資格なんてないと考えていた。
(このフランメ王国の王宮は選ばれた人間だけがいることを許される場所なのに! 本来なら私がいるべき場所なのに何であんな……!)
「そういえば貴女様はサイ・リューラン様のことを知っていますか?」
アイリーンが心の中でサイを罵っていると、不意に前を歩く赤紫の髪の侍女が振り返ることなく話しかけてきた。
「? いきなり何を言うの?」
「いえ、王宮の中でもフランメ王国の新たな英雄サイ・リューラン様の噂で持ちきりでして……。もし知っているのでしたら詳しくお聞きしたいな、と……」
王宮の人間がサイの噂をしていると聞いてアイリーンは僅かに不機嫌な顔となるが、それでも歩きながら侍女に答える。
「……そうね。非常に不愉快で不本意だけどサイと同じ村で育ったから知っていると言えば知っているわね」
「っ! ……そうでしたか。それでやはりサイ様は幼少の頃より英雄らしき凛々しいお方でしたか?」
歩きながらこちらの顔を見ずに質問をしてくる赤紫の髪の侍女の言葉をアイリーンは鼻で笑う。
「はっ! サイが凛々しい? そんなわけないでしょう。アイツはただの運がいいだけの平民よ」
「運がいいだけの平民、ですか?」
「そうよ。家は一応男爵だけど所詮はお金で爵位を買っただけの貧乏男爵だし。ちょっと便利な異能を持っているけど戦いの役に立たない、貴族としても軍人としても失格もいいところよ。アイツが黒竜盗賊団を討伐できたのはただ、運が良くてゴーレムトルーパーを手にいれたからよ。ゴーレムトルーパーさえあれば私だってあれくらい……」
サイに対する不満が溜まっていたのかアイリーンは幼馴染を、フランメ王国の新たな英雄を否定し、罵倒する言葉を次から次へと口にする。この時彼女は、今立場的に非常に不味いことを口にしているのだが、話を聞いてくれる相手がいることに受かれているのか、その事に気がついていなかった。
「……まあ、でも、そのサイのお陰でザウレードが私のところに返ってくるのだけどね」
「? ザウレードがアイリーン様のところへ返ってくるのですか?」
やはりこちらへ顔を振り向かない赤紫の髪の侍女にアイリーンは自信ありげに頷く。
「そうよ。サイは私の命令に逆らえないわ。それでサイに命令して国王陛下に私をザウレードの操縦士に推薦させれば、十分あり得るわ」
ザウレードは現在、サイの「倉庫」の異能によって異空間に収納されているが、近いうちに国に返却されることになっている。そうなれば次のザウレードの操縦士を選ぶ決定権は王家にあるのだが、ザウレードを黒竜盗賊団から奪還したサイの言葉は王家の決定に大きく影響を与えるだろう。
「アイリーン様は随分と大胆で、野心家なのですね?」
「……あっ!」
赤紫の髪の侍女の言葉にアイリーンは我に帰り、自分が大きな失言を重ねていたことをようやく理解した。
アイリーンは認めていなくても、彼女以外の周囲はサイ・リューランをフランメ王国の新たな英雄として見ているのだ。それを否定し、罵倒する言葉を先程から立て続けに言っていたアイリーンは不敬罪で捕まってもおかしくはなかった。
「ね、ねぇ? 今の話は聞かなかったことにして……あれ? ちょっと待って?」
幸いにも王宮の通路にはアイリーンと赤紫の髪の侍女しかおらず、アイリーンが赤紫の髪の侍女に口止めをしようとしたその時、彼女はあることに気がついた。
「……貴女、何で私の名前を知っているの? 私、貴女に名乗っていないわよね?」
そう、アイリーンは自分の前を歩く赤紫の髪の侍女に一度も名乗っていなかった。しかし赤紫の髪の侍女は先程から彼女の名前を呼んでいたのだ。
アイリーンがそれを聞くと赤紫の髪の侍女はその場に立ち止まって彼女と方へと振り返る。
「ええ。貴女のことはマスターとクリスナーガ様からよく聞いていますよ。アイリーン・クライド様」
そこまで言うと赤紫の髪の侍女は、両手の指でスカートをつまみ貴族の令嬢のような優雅な仕草で一礼する。
「自己紹介が遅れました。私、マスターであるサイ・リューラン様にお仕えしている従者の一人、ピオンと申します。どうかこれからよろしくお願いしますね」
自己紹介をするピオンは可憐な笑顔をアイリーンへ向けるのだが、その目は全く笑っておらず、瞳には冷たい刃のような怒りの光が宿っていた。
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