過去の夢

 その日、アイリーンは昔の夢を見た。


 夢の中のアイリーンはまだ五歳で、一人の男に立派な貴族の屋敷の中を連れられて歩いていた。


 アイリーンは夢の中の景色が何処なのかを覚えている。その立派な貴族の屋敷は彼女が八歳になるまで暮らしていたクライド家の屋敷で、五歳のアイリーンを連れて歩いているのは今は亡き彼女の祖父であった。


 アイリーンの祖父はどこか傲慢なところが感じられるが、それでも貴族らしい貫禄を持ち彼女に貴族としての心構えを教えた人物であり、アイリーンは死んだ今でも祖父の事を尊敬していて、平民の暮らしを受け入れて没落したクライド家を再興しようとしない両親よりも慕っていた。


 そしてやがて祖父と五歳のアイリーンはある部屋の前に着くと、その部屋に中へと入る。部屋の中は小さな家が二つくらいならそのまま入るくらいの広さで、そこには一つの巨大な金属製の像があるだけだった。


 その巨大な像は竜の背に乗った騎士の姿をしていた。巨大であるというのはそれだけで他者に威圧感を与え、その上刃物のような鋭さを持つ騎士の甲冑や竜の前腕部にある蟷螂のような大鎌は、五歳のアイリーンに恐怖心を与え、夢の中の幼い彼女は一歩後ずさる。


「怖がる必要は無い」


 一歩後ずさった五歳のアイリーンに祖父が声をかける。


「これは我がクライド家の守護神。クライド家の祖がゴーレムオーブにその血を与えて作り出した最強の兵器ゴーレムトルーパーだ」


「ゴーレム……トルーパー?」


「そうだ。我がクライド家はこのゴーレムトルーパーに乗って戦い、このフランメ王国の建国にも貢献した名家だ。故にこのゴーレムトルーパーに乗ってフランメ王国の為に戦う事が我がクライド家の使命なのだ」


 そこまで言うと祖父は一度言葉を切ってその場でしゃがみ、五歳のアイリーンと視線を合わせる。


「お前を今日ここに連れてきてゴーレムトルーパーを見せたのは、お前が将来あの機体に乗るからだ」


「私が?」


 五歳のアイリーンの言葉に祖父が頷く。


「今、あの機体の操縦士をしているのは儂の父で、父が引退する頃には儂は満足に戦う事は出来ないだろう。そして儂の息子……お前の父には戦う才能はなく、それどころか貴族としての意識も薄い為、とても任せられん」


 ゴーレムトルーパーの操縦士は、ナノマシンの力によってゴーレムトルーパーの操縦に耐えられるよう超人的な身体能力を与えられ、更には若い姿を維持したり若返ったりもできる。しかし姿が若くても寿命が伸びるわけではない。


 祖父の父、現在のクライド家の操縦士はかなりの高齢で現役で戦える時間も長く見積もってあと五年くらいだろう。しかしその後で祖父が操縦士を継いでも、祖父もすでに高齢の域に達しているので操縦士を勤められる期間はそう長くない。


 だからこそ祖父は次のゴーレムトルーパーの操縦士にアイリーンを選んだ。不肖の息子とは違いこの孫娘には、戦いの才能も貴族としての器もあると思ったからだ。


「いいか、アイリーン? お前は将来このゴーレムトルーパーに乗り、その力をもってフランメ王国を支える偉大なるクライド家の人間だ。その事を忘れず、今から研鑽に励みなさい」


 五歳のアイリーンはこの時祖父が言っていることがよく分からなかったが、それでも将来このゴーレムトルーパーが自分のものになる事と、自分の家がフランメ王国の中で優れている事は理解できた。


 ……この時の祖父の言葉がアイリーンの心の奥底に「自分が特別である」という考えを植え付けた。その考えは月日が経っても消えることはなくむしろ肥大化し、彼女の心を大きく歪める一因となる。


 そしてそれがアイリーンの破滅へと繋がるのであるが、幸か不幸か彼女はまだその事を知らない。


「はい! 分かりました、お祖父様」


 夢の中の幼い自分が祖父に向かって元気よく返事をしたところでアイリーンは夢から覚めた。

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