卒業パーティー

「……リーン。アイリーン!」


「っ! は、はい! どうかしましたか、クリスナーガ様?」


 アイリーンは隣に立つクリスナーガに呼ばれて慌てて彼女の方を見ると、クリスナーガは呆れたような顔でため息を吐いた。


「どうかしましたか、じゃないわよ。それはコッチの台詞。今日の貴女、ちょっと変よ?」


 クリスナーガの言う通り、今日のアイリーンは朝からどこか上の空といった感じであった。今日は二人にとってとても大切な日だと言うのに、幸いクリスナーガが何度も注意してくれたので失態は犯していないが、それでも様子が変だとしか言いようがなかった。


 クリスナーガに聞かれてアイリーンは視線を下に落としながら答える。


「……その、今日の朝に昔の夢を見まして……。それがどうしても頭から離れなくて……」


「昔の夢?」


「はい。私が五歳くらいの頃の……クライド家が没落する前の夢です」


 言い辛そうな表情のアイリーンの言葉を聞いてクリスナーガは納得した。


 アイリーンが五歳の頃のクライド家はフランメ王国が建国された時からある名家で、王家に次ぐ発言力を持つ程の権威を誇っていた。その頃の彼女の周りには忠実な従者達に贅を凝らしたドレスや美食など全てが揃っており、将来はゴーレムトルーパーの操縦士の座を受け継いで、フランメ王国の守護者の一人としてその名を語り継がれる栄光の未来が約束されていた。


 しかし今から十年前、アイリーンが八歳の頃にクライド家は没落して彼女は全て失った。


 実家が大貴族の侯爵から名ばかりの子爵へと転落し、王都にあった屋敷、忠実な従者達に贅を凝らしたドレスや美食、そして受け継がれるはずだったゴーレムトルーパーの全てを失ったアイリーンを待っていたのは、フランメ王国の辺境にあるイーノ村での平民同然の暮らし。両親の方はなんとかその暮らしに順応しているみたいだが、大貴族だった頃の贅沢な暮らしを経験して祖父から貴族としての心構えを教えてこられた彼女にはとても耐えられなかっただろう。


 事実、アイリーンの祖父はイーノ村に移住してすぐに平民同然の暮らしをしなくてはならないという心労から体を壊して、一年後には没落した無念を口にしながらこの世を去った。アイリーン自身もイーノ村での生活は思い出したくはないと苦々しく話していたのをクリスナーガは覚えていた。


 そんな彼女が昔の夢を見て、それが頭から離れないとなれば上の空になるのも無理はないだろう。


「でも何で今になって昔の夢なんて見たのかな? 半年前に『あの話』を聞いた時も昔の夢は見なかったんでしょ?」


「……はい」


 クリスナーガが「あの話」と言った時、アイリーンは自分の体が小さく震えたのを感じながら返事をした。


 今クリスナーガが口にした「あの話」というのは、半年前に世界各地で暴れ回っていたとある盗賊団が、フランメ王国の隣国で討伐されたという話である。


 その討伐された盗賊団はクライド家が没落した直接の原因であり、当時のアイリーンはこの話を聞いて酷く動揺していた。彼女は詳しい情報を集めようと色々な所を調べ、クリスナーガも情報集めに協力したのだが、結局は隣国で討伐されたという情報以外手に入らなかった。


「……まあ、分からない事を気にしてもしょうがないか。それよりもアイリーン、そろそろ行くわよ」


 クリスナーガは気持ちを切り替えるようにアイリーンに声をかける。


「ほら、今日はせっかくのパーティーなんだからいつまでも下を見てないで」


「はい」


 クリスナーガの言葉にアイリーンは先程から下に向いていた視線を上にと上げる。


 今日はフランメ王国の士官学校の卒業日であり、これから卒業生達による卒業パーティーが始まろうとしていた。クリスナーガもアイリーンも士官学校の制服ではなくパーティー用のドレスを身につけており、ドレスによって二人のスタイルの良さが強調されていた。


『『………!』』


 クリスナーガとアイリーンがパーティー会場に入ると、すでに会場に来ていた者達の視線が一斉に集まる。その視線には強い興味と羨望の色があった。


 王弟の娘とかつての名家の娘。二人とも目を見張る程の美人な上、更には士官学校での成績も優秀で卒業後には国王の親衛隊への配属も決定している。


 生まれた家、美貌、肩書き、そのどれもが非凡なものであり、会場内の者達の視線が集まるのは無理のない事である。アイリーンは会場にいる者達が自分に向けている侮蔑ではない視線をその身に浴びて、自分がかつての大貴族の令嬢であった頃に戻ったような気がした。


 そしてやがてパーティーが始まり、しばらくクリスナーガとアイリーンが向こうから話しかけてくる卒業生達と会話をしながらパーティーを楽しんでいると、クリスナーガがふと思い出したようにアイリーンに話しかける。


「ああ、アイリーン? 私、明日は用事があって出かけるから、明日はゆっくりしてて」


「用事ですか? 一体どちらへ?」


「伯父様の所。ほら、半年くらい前にアイリーンも聞いたでしょ? 私が婚約するって話。その婚約者の人に会いに行くの」


『『……………!?』』


 クリスナーガが何気なく言ったその言葉に、アイリーンだけでなく近くで話を聞いていた者達も驚きで目を見開き、次の瞬間、クリスナーガとアイリーンの二人は周囲のパーティー参加者達から質問責めにあうことになった。

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