黒竜の死

「………何だと?」


 サイの自分を処刑するという言葉に、エルヴァンは怒りのあまり逆に冷静になった。


「おもしれぇ……。お前みたいな貴族のお坊ちゃんに俺が殺せるか試してみるか? 来いよ……。何だったら、そこにいる従者の嬢ちゃんと二人がかりでもいいぜ?」


 エルヴァンは腰の剣を引き抜きながらサイとピオンを挑発するが、サイはその挑発には乗らず自分の剣を抜く。


「ピオン。お前は下がって周囲の警戒をしてくれ」


「分かりました。マスター、ご武運を」


 サイからの指示にピオンは小さく頭を下げて一礼してから後ろへ下がり、その二人のやり取りを見ていたエルヴァンが鼻を鳴らす。


「はっ。随分と……余裕じゃねぇか!」


「っ!」


 言葉と共に距離を詰めたエルヴァンは上から剣を振り下ろし、サイがそれを剣で受け止める。


 サイとエルヴァン。ゴーレムトルーパーのナノマシンによって「超人化」の異能の使い手以上の身体能力を持つ二人の剣の切り合いは、常人の目ではとても追いきれない程に速く、激しいものであった。


 切り合いではエルヴァンが一方的にサイを攻め立てていた。エルヴァンは様々な角度からサイに斬りかかり、時には死角から蹴りや体当たりをしかけ、サイはそれを剣で受けたり後ろに下がったりして回避する。


「ははっ! どうしたどうした! 守ってばかりじゃ勝てないぜ?」


「……」


 剣を振るいながらエルヴァンが馬鹿にするように言うが、サイはそれに応えることなく無言で攻撃を防いでいく。


(クソッ! 何なんだよ、コイツ? さっきから守ってばかりで攻めてこねぇし、挑発にものってこねぇ。このままじゃ時間ばかりが経っちまう……!)


 先程から余裕のある表情で剣を振るい、挑発をしているエルヴァンであったが内心では彼はかなり焦っていた。一時は強い怒りのせいで逃げることを忘れていたが、次第に自分がいつまでもここにいる暇なんてない事を思い出したのだ。


 こうしている間にも学園の人間が自分を捕らえる為に応援を連れてやって来るかもしれない。その前に逃げたいエルヴァンだが、目の前には自分と同じゴーレムトルーパーの操縦士が剣を構えて立ち塞がり、その後ろには操縦士の従者であるホムンクルスの少女が控えている。


 もはやエルヴァンには一刻の猶予もなく、彼は決着をつける為に「切り札」を使う事にした。


「ああ、もう仕方がねぇな!」


 エルヴァンがそう叫ぶと同時に、彼の左右に人間の頭部くらいの火の玉がそれぞれ三つ現れる。


 これがエルヴァンの切り札。彼が生まれながら持つ「炎弾」の異能。


 異能で作り出した六つの火の玉を敵に向けて放ち、それによって隙が生じた敵の急所を攻撃して一撃で倒す。それがエルヴァンの軍人であった頃からの必殺のパターンであった。


「オラ、行ってこい!」


 エルヴァンの声に従って六つの火の玉がサイに向かって飛んで行く。六つの火の玉は速度がばらばらで逃げ場をなくすように飛んでおり、これを避けるのは身体能力が強化されたゴーレムトルーパーの操縦士でも難しいだろう。これによってサイの体勢が崩れた瞬間に彼の首をはねるのがエルヴァンの狙いであった。


 だがサイは迫り来る六つの火の玉を前にしても逃げようともせず、むしろ口元に笑みを浮かべて呟いた。


「それを待っていた」


 そう呟いたサイは剣を持たない左手で火の玉に自ら触れていき、次の瞬間、六つの火の玉は影も形もなくこの世から消え去った。


「……………はっ?」


 自分の切り札であった異能による攻撃が一瞬で消え去ったのを見て、サイに攻撃を仕掛けようとしていたエルヴァンは思わず立ち止まって呆けた声を出す。そしてサイはそんなエルヴァンに左の掌を向けて口を開いた。


「これ、返すよ」


「何? ……うおおおっ!?」


 突然のサイの言葉に彼の方へ視線を向けたエルヴァンが見たのは、自分に迫り来る六つの火の玉。それは間違いなく先程彼がサイに向けて放った筈の火の玉であり、六つの火の玉が直撃したエルヴァンは自分の異能の力によって体を燃やされる事になった。


「ご、れは俺の……!? い、一体、な……ぜっ!?」


 全身を炎に包まれたエルヴァンは言葉の途中でサイに首をはねられ、彼は体を焼かれる熱さと激痛、そして自分の身に何が起きたのか頭を悩ませながら死んでいった。


 火の玉による攻撃で隙を作り一撃で首をはねる。皮肉な事にもそれはエルヴァンが考えていたのと全く同じ決着であった。


 サイが生まれながら持つ「倉庫」の異能。生物以外ならどんな物でも自分だけの異空間に収納出来るその異能は、熱エネルギーの集合体である火の玉も問題無く収納できる。


 ゴーレムトルーパーのナノマシンによって身体能力を強化され、高速で飛んで来るものも捕まえられるようになったサイは、エルヴァンの火の玉を「倉庫」の異能で収納してそれをそのまま自分の攻撃に利用したのだ。


 エルヴァンは元々フランメ王国の軍人であり、その異能に関する情報は黒竜盗賊団の情報と共にフランベルク三世からサイに与えられていた。サイは今の自分の実力では、例えピオンと二人がかりでもエルヴァンに勝てるかどうか怪しく、最悪逃げられる可能性もあると考えて、彼の異能を利用して意表をつく作戦を実行したのだった。


 そしてこの日、十年にも渡って世界各地を暴れまわった黒竜盗賊団は、将来「英雄」と呼ばれる一人の青年の活躍によって壊滅することになる。

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