サイとエルヴァン

「っ! あれは……」


「どうしましたか? マスター?」


 外を見ていたサイが何かに気づき、ピオンが彼の見ている先に視線を向けると、両脚を斬り落とされて戦闘不能になったザウレードの下半身の竜の頭部が一部変形して装甲が開き、そこから一人の男、黒竜盗賊団の団長エルヴァンが這い出ようとしていた。それを見ていたサイは席から立ち上がって操縦席の装甲を開く。


「いきますか?」


「ああ。あいつはここで始末する」


 ピオンの言葉に即答するサイ。エルヴァンを始末すると言った時の彼の表情は真剣なものであったが張りつめた様子はなく、恐れも虚勢も感じられなかった。


「分かりました。お伴します」


「……分かった。ヴィヴィアン、お前はドランノーガで大学に向かってヒルデ達と合流してくれ。ブリジッタの安全が最優先だ」


『分かりました』


 サイは伴を申し出たピオンに頷くと、ヴィヴィアンに指示を出してからエルヴァンの元へと向かった。




「う……くっ……! クソッ、出れねぇ……!」


 エルヴァンは動かなくなったザウレードから逃げ出そうとしていたが、地面に激突したダメージの影響のせいか操縦席である下半身の竜の頭部の装甲が開く途中で止まり、体がつかえて中々操縦席から抜け出せないでいた。


 ザウレードが地面に激突した際、エルヴァンは操縦席の壁や床に強く体を打ち額からは血が出て体のいたる所から激痛が走っているのだが、今はそんな事を気にしている余裕などなかった。とにかく一刻も早くここから逃げなくては。


 作戦は失敗した。黒竜盗賊団の部下達は全員どこかに逃げてしまったし、両脚を斬り落とされたザウレードは戦うどころか動く事すら出来ず、逃げる以外の選択肢なんてあるはずもない。


 ゴーレムトルーパーであるザウレードは時間さえ経てば自己修復機能で斬り落とされた両脚も生えてまた動けるようになるだろう。そして操縦士である自分さえ生きていれば他の人間にザウレードを使われる事はなく、ここで軍に回収されてもまた奪い返す機会があるだろう。


 そう考えたエルヴァンがなんとかザウレードの操縦席から抜け出ると、その前に二人の男女が立ち塞がった。二人の男女はアックア公国の士官学校の制服を着ており、エルヴァンは何となく目の前の二人が何者なのか予測できていたが、それでも一応声をかける。


「テメェら、一体何者だ?」


「サイ・リューラン。お前がさっきまで戦っていたゴーレムトルーパー、ドランノーガの操縦士だ。隣にいるのが従者のピオン」


 二人の男女の男、サイの言葉を聞いてエルヴァンはやっぱりかと思うと同時に強い怒りを感じた。


「リューラン……家名があるって事は貴族かよ。ああ、知ってる。あの豚、エレナからの報告で貴族だって事は知っていたが、実際に貴族に邪魔されたと分かると激しくムカつくぜ……!」


 エルヴァンは目元を手で隠し、歯を食いしばりながら体の奥から湧き上がってくる怒りを言葉に変えて吐き出す。


 貧しい生まれのエルヴァンは、貴族などの裕福な生まれの者達に蔑まれた挙句苦しめられてきた。それ故にエルヴァンは貴族達に強い怒りを懐き、黒竜盗賊団を結成してからは貴族などの裕福な者達だけを狙ってきた。


 そんなエルヴァンにとって憎むべき貴族のサイに自分の作戦を邪魔された事は我慢ならない事であった。そしてその怒りの対象であるサイが目の前に現れた事でエルヴァンは、怒りのあまり体中の痛みも、作戦も、ここから逃げることすらも忘れてしまった。


 ……こうして考えるとここにいるサイとエルヴァンは似た者同士なのかもしれない。


 サイも元は貴族とは名ばかりで実質は辺境の村の村人であり、ピオンと出会いドランノーガを手に入れる前の軍学校時代では、周りの貴族の同級生から見下されてきた。


 貧しい生まれというだけで周囲から冷たい目で見られてきて、ゴーレムトルーパーという「力」を手にした事で人生が一変した二人。


 だがサイとエルヴァンがそんな事を知るはずもなく、エルヴァンは目の前の貴族の青年を初めとする世の貴族に対して呪いの言葉を言い、サイはそんな言葉に耳を貸すことなく目の前の黒竜盗賊団の団長に向かって自分の意思を伝えた。


「黒竜盗賊団団長エルヴァン。お前を処刑する。投降は無意味だ。フランメ王国、アックア公国を初めとする様々な国から、お前を見つけ次第処刑してよいという許可が出ている。……お前が死ねばザウレードの操縦士登録はなくなる。十年前に強奪したフランメ王国のゴーレムトルーパー、返してもらうぞ」


 そう言うサイの表情はどこまでも冷静で、いつもの巨乳の女性にだらしない青年の顔ではなく、賊を討伐する任務を受けた一人の兵士の顔となっていた。

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