黒いゴーレムトルーパー

 サイが意識を集中させると、周りの景色を映し出す操縦席の前方の壁に、ヒルデとローゼとブリジッタの姿を拡大して見せる小さな画面が現れる。


 小さな画面の中ではヒルデがこちらに向けて小さく頭を下げ、ローゼがにこやかに笑いながら手を振り、ブリジッタが心から驚いたといった表情でこちらを見上げている。そんな三人の様子にサイが思わず笑いそうになると、隣の席に座っているピオンが話しかけてきた。


「マスター。三人ともケガとかはないようです。ただブリジッタさんがドランノーガに大変驚いていて、後で是非詳しい話を聞かせてほしいと言っています」


「だろうな。それにしてもやっぱり便利だよな。ピオン達の『通心』の力は」


 確かに空を飛ぶドランノーガの姿は、ゴーレムトルーパーをよく知るブリジッタにとって大きな衝撃を与えただろう。その為サイは納得したように頷くと、次に感心した目でピオンを見る。


 サイが言った「通心」の力とはピオンとヴィヴィアン、ヒルデにローゼの四人だけが使える異能とは異なる能力である。


 ピオン達四人が「通心」の力に気づいたのは数ヵ月前で、時々景色や音が二重三重になって見えたり聞こえたりすると彼女達が言い出したのがきっかけであった。それを聞いたサイは様々な実験をして、その現象が何なのか確かめる事にした。


 例えば、文字や記号を書いた数枚の紙を用意してピオン達四人の中から一人だけ後ろを向かせて残りの三人が見た紙に書かれた文字や記号を当てさせる実験とか、時には一人だけ後ろを向かせて残りの三人の乳房をサイがどの順番で触ったかを当てさせるという馬鹿らしい実験をして、サイ達はこの現象を大体把握した。


 それはピオンとヴィヴィアン、ヒルデにローゼの四人はそれぞれが見たり聞いたりした情報を共有出来るというもの。


 この事を前文明の研究をしていてホムンクルスにも詳しいブリジッタに聞いてみたのだが、彼女はホムンクルスにそんな能力があるなんて聞いた事がないと言う。そこから恐らくはピオン達が一度ドランノーガに吸収されて専用オペレーターになった事が関係していると考えたサイ達は、この情報を共有する能力を「通心」の力と名付ける事にした。


 そしてヒルデとローゼは、自分達が捕縛した黒竜盗賊団のメンバーから得た今回の襲撃の情報を「通心」の力でサイの側にいるピオンとヴィヴィアンに伝え、サイ達の方でも行われようとしていた襲撃を阻止しつつ救援を求めたのであった。


 遠く離れた相手とリアルタイムで情報のやり取りが出来る「通心」の力。


 それは使い方次第では世界を色々な意味で大きく変える要因となり得るものであり、奇しくも今回の黒竜盗賊団の襲撃は「通心」の力の有用性を証明する絶好の機会となった。


『マスター殿。ブリジッタ様達を取り囲んでいる賊達が逃げていきます』


 操縦席の前の壁に、ヒルデ達三人を拡大して映している小画面とは別の小画面が現れ、新たな小画面に映っているヴィヴィアンがサイに話しかける。ヴィヴィアンはドランノーガの下半身の竜の背部にある、今は専用の搭乗席となっているホムンクルス製造ユニットの中におり、彼女の言う通りヒルデ達を取り囲んでいた二十人以上いる黒竜盗賊団のメンバー達がドランノーガの姿を見て我先にと逃げ出していた。


『どうしますか、マスター殿? 始末しますか?』


「いや、止めておこう。三人が無事だったらそれでいい。……それに『大物』がもうすぐ来るからそんな暇はない」


 サイはヴィヴィアンにそう答えると、操縦席の右側の壁に視線を向ける。右側の壁は外の景色を映していたが、そこに「高速で接近してくる機体の反応あり」という赤色の文字が浮かび上がっていた。


 ドランノーガが存在を捉えたその機体は、最初から大学から少し離れた森に姿を隠しており、向こうもまたドランノーガの接近を感知すると大学の中庭へと向かった。そしてドランノーガが大学の中庭に着陸するのと同時に、その機体も大きく跳躍してから大学の中庭に着地した。


 ちょうどドランノーガの正面に向かい合うように着地したのは、ドランノーガと同じく竜に乗った騎士の外見をした鋼鉄の巨像。つまりは惑星イクス最強の兵器ゴーレムトルーパー。


 しかしドランノーガと新たに現れたゴーレムトルーパーが同じなのは「竜に乗った騎士の外見」という一点だけで、当然ながらその姿はドランノーガとは全く異なっている。


 ドランノーガの機体の色が紺に対して、新たに現れたゴーレムトルーパーの機体の色は黒に限りなく近い灰色。大きさもやや小柄で、下半身の竜もドランノーガの竜に比べて細身で背には翼もなく、両腕部にはまるで蟷螂のような巨大な鎌が備わっていた。


「マスター。あれが以前マスターが話してくれた……」


「そうだ。あれが『ザウレード』だ」


 新たに現れたゴーレムトルーパーを見てピオンがサイに聞くと、彼は目の前の黒いゴーレムトルーパー、ザウレードから目を離すことなく頷く。


「十年前、黒竜盗賊団に強奪されたフランメ王国のゴーレムトルーパーだよ」

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