深夜の逃走劇
ビークポッドが教官達と共にエレナ達黒竜盗賊団と戦っていた頃。夜の大学の校舎を三人の女性が駆けていた。
サイの従者であるホムンクルスの女性ヒルデとローゼ。そしてアックア公国の大公バルベルト・アックアの第三女ブリジッタである。
「ブリジッタ様。こちらです」
「お急ぎください」
「は、はい」
ヒルデとローゼが周囲に警戒しつつ、出来るだけ足音を立てないように大学の校舎を走り、その後をブリジッタが息を切らせながらもなんとかついて行く。するとブリジッタのはるか後方から複数の人間が走る足音が聞こえてきた。
「ひっ……!」
「大丈夫です。向こうはまだ私達を見つけてはいません」
「ヒルデの言う通りです。急ぎましょう」
後方から聞こえてきた足音にブリジッタが思わず小さな悲鳴を漏らし身をすくませると、彼女の手をヒルデがとって励まし、ローゼがヒルデの言葉に頷き賛同する。
この深夜の逃走劇は突然始まった。
少し前までブリジッタは、大学の学生寮でヒルデとローゼの二人と主に前文明の話題で会話を楽しんでいた。しかし突然ヒルデが「不審者の気配を感じた」と言ってローゼと共に部屋の外へ出て、しばらくすると明らかに学園の関係者とは思えない気絶した男を連れてきて「黒竜盗賊団がブリジッタを狙ってここに忍び込んで来ている」と言ってきたのだ。
ブリジッタがヒルデとローゼの忠告に従って学生寮の自室を急ぎ後にすると、複数の人の気配が追ってきて、彼女達三人はこの大学の校舎に逃れて今に至る。
「ヒルデさん、ローゼさん。すみません。私のせいで……」
「気にしないでください。ブリジッタさんを守るのは愛しのマスターから与えられた私達の任務なのですから」
「ブリジッタさんはマスター様の大切な婚約者なのですから必ず私達が守ってみせます」
自分のせいで危険に巻き込んでしまったと謝るブリジッタにヒルデとローゼが返事をする。
すでにブリジッタとアルベロの婚約は破棄されていて、新たにサイとの婚約が一ヶ月程前から結ばれていた。ヒルデとローゼが主人であるサイの側ではなくブリジッタの側にいるのも、それがサイからの指示であると同時に、ブリジッタが彼の婚約者で警護の対象としてホムンクルスの女性四人に認められた事もあった。
「あ、ありがとうございます。……で、でも、何で黒竜盗賊団が来たことが、分かったの、ですか?」
走りながらヒルデとローゼに礼を言ったブリジッタは、自分の前を走る二人のホムンクルスの女性に、黒竜盗賊団の接近に気づいた理由を途切れ途切れの言葉で聞く。逃走の最中であるのにそんな事を気にしてる余裕があるのか、と思われるかもしれないが、この質問は無意識のうちに賊に追われている恐怖を紛らわせるためにしたもので、ヒルデとローゼは足を止めることなく質問に答えた。
「それは私達の『異能』の力です」
「ブリジッタ様はホムンクルスの中に異能が使えるタイプがいることをご存じですか?」
ヒルデとローゼの言葉に、前文明の研究によってホムンクルスに関する知識を得ているブリジッタが頷く。
ホムンクルスは人工的に作られた人間で、身体の構成のほとんどが人間と同じである為、特別に調整された上位のホムンクルスは異能を使用が可能であった。ヒルデとローゼ、そして今ここにいないピオンとヴィヴィアンの四人は、その異能の使用が可能な上位のホムンクルスであった。
「私の異能は『感知』。愛しのマスターに忍び寄る不審者の気配を感じ取ってお守りする為の異能です」
「そして私が使うのは『読心』の異能。元々は楽しんでいる時のマスター様の心を感じて一緒に楽しむための異能ですけど、尋問とかにも使えるのですよ」
ヒルデとローゼがブリジッタに自分達の異能を簡単に説明をする。
ヒルデが『感知』の異能で黒竜盗賊団の接近に気付いて捕縛し、その後で『読心』の異能を使ったローゼが黒竜盗賊団の企みを看破したお陰で、ブリジッタはこうして一先ずは危機を脱したのだ。その事を正しく認識してブリジッタは、ヒルデとローゼを、彼女達を作り出した前文明を改めて素晴らしく思うのだった。
「……………の場所は、あそこですね」
「ええ、そうですね。ブリジッタ様、もう少しなので頑張ってください」
「は、はい!」
話しながら走っているうちにヒルデ、ローゼ、ブリジッタの三人は目的の場所、大学の中庭にと辿り着いた。しかし……。
「よぉ、待っていたぜ?」
大学の中庭には大学に侵入してきた賊、黒竜盗賊団のメンバーがヒルデ達を先回りしていた。
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