その男の実力
「……………それで? そのビークポッド君がどうしてこんな所にいるのかな?」
ビークポッドの名乗りを聞いてようやく目の前の男子生徒の名前を思い出したエレナは、忌々しそうな目を彼に向ける。
「なに、この近くに賊らしき不審な者達が現れたという話を聞いてな。万が一の為にこうして夜の見回りをしていたんだよ」
エレナの質問にビークポッドは肩をすくめて答える。ただしその目は鋭く、彼女とアルベロ達を取り囲んでいる黒竜盗賊団のメンバーに向けられていた。
「そう。それはご苦労様。で? 貴方の予測通り、ここにその賊らしき不審な者達がいる訳だけど、貴方一人でどうするつもり?」
ビークポッドにすでに勝ち誇ったような笑みを向けるエレナ。
一人しかいないビークポッドに対して、エレナの方には黒竜盗賊団のメンバーが十人程ついていおり、更にはアルベロ達五人の人質がいる。その為彼女は自分の優位を信じて疑わなかったのだが、ビークポッドはそんなエレナをつまらないものを見る目で見ながら口を開く。
「一人? 馬鹿か、お前は? 賊がいるかもしれないと分かっていて、一人で来るわけがないだろ?」
「……え?」
ビークポッドの言葉にエレナの口から間の抜けた声が出たのと同時に、周囲から複数の銃声が聞こえてきた。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!?」
銃声が聞こえてきたと思ったら、黒竜盗賊団のメンバーの数名が肩や脚を抑えてうずくまる。
「銃撃!? 一体何処から!」
自分の仲間である黒竜盗賊団のメンバーが撃たれたのを見てエレナが周囲を見回すと、こちらに向けて銃を構えている数名の士官学校の教官達の姿があった。
士官学校の教官達はビークポッドと一緒にこの場に来ていたが今まで物陰に身を隠しており、エレナ達が彼の会話に気をとられている時に発砲したのだった。
「教官達がどうしてここに……!?」
「応援を頼んだからに決まっているだろ? 教官達は今みたいな時に学生達を護ることも仕事だからな」
驚愕の表情を浮かべるエレナにビークポッドが当然のように言う。そんな彼の余裕綽々な態度に、銃で撃たれていない黒竜盗賊団のメンバーの一人が激昂して腰に差してある剣を抜いた。
「このハゲ! 調子にのってんじゃねぇ!」
剣を抜いた黒竜盗賊団のメンバーは「超人化」の異能の使い手だったらしく、異能で身体能力を強化すると一瞬でビークポッドとの距離をつめ、目にも止まらぬ剣速で剣を彼の脳天にめがけて振り下ろした。
「ふん」
しかし「超人化」の異能の使い手はビークポッドも同じであり、彼は手に持っている大剣で黒竜盗賊団のメンバーの剣をあっさりと受け止めると、二本の剣の間で火花が散った。
「何っ!? クソッ!」
自分の剣を防がれた黒竜盗賊団のメンバーは一瞬驚いた顔をした後、すぐに二度三度と剣を振るうがそれもビークポッドの大剣に受け止められてしまう。
そこから繰り広げられるのは「超人化」の異能を持つ剣士同士の、常人の目では決して追いきれない高速の剣の振るい合い。離れた場所から見ていたエレナには、ビークポッドの回りを黒い風と化した黒竜盗賊団のメンバーが舞い、剣と剣がぶつかり合う火花が何度も空中で散っているようにしか見えなかった。
しかし黒竜盗賊団のメンバーの剣はことごとく相手の大剣に防がれて一太刀も届かず、ビークポッドは無傷のまま涼しい顔をしていた。
「はぁ……! はぁ……! な、何でだ? 何でこんなハゲの学生ごときに俺が……!」
何度も剣を振るってもビークポッドに一太刀も浴びせることができなかった黒竜盗賊団のメンバーが荒い息を吐きながら憎々しげに言うと、ビークポッドが呆れたような顔で口を開いた。
「なぁ、お前? 何故こんな危険な所に学生の俺がいるか疑問に思わなかったのか? 俺がこの戦場に立っても大丈夫だと、お前達賊を退治する戦力になると教官達に認められたとは思わないのか?」
実際のところ、この黒竜盗賊団のメンバーの力量は決して弱くはない。だがビークポッドはアックア公国で有名な剣の名手の一族、ボインスキー子爵家の生まれで、幼少の頃より一族から剣の英才教育を受けてきた。
更に異能にはそれぞれ一番上の「A」から一番下の「G」までの七つのランクがあり、ビークポッドの「超人化」の異能のランクは上から三番目の「C」。これは白兵戦を重視する槍兵科や騎兵科の軍人でも滅多にいない。
それに対して黒竜盗賊団のメンバーは、剣の筋はあるが所詮我流剣術。柔軟で予想がつかないと言えば聞こえがいいが、決め手が通じなかったり一つペースを乱されると脆い素人剣術。技術の差を身体能力でひっくり返そうにも、黒竜盗賊団のメンバーの「超人化」の異能のランクは「D」か「E」。
剣の腕でも、異能の力でもビークポッドに負けている黒竜盗賊団のメンバーには勝ち目など最初からなかったのである。
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