名乗りを上げる男
深夜。士官学校の学生達の全てがテントを組み終えて、携帯食料の夕食も済ませて寝静まった頃、学生達のテントが集まっている場所から離れた所に六人の男女の姿があった。
騎兵科に所属している女学生エレナ・キャンダルと、アルベロを初めとする彼女の取り巻きの男子生徒五人である。
ここにいる五人の男子生徒は士官学校に在籍している男子生徒の中でも特に、容姿が優れている上に成績も良く、それに何より実家がアックア公国でも有数の大貴族や資産家だったりする裕福な家の出身であった。だからエレナは士官学校に入学するとすぐに、彼らを婚約者などお構い無しに誘惑して自分の虜にし、取り巻きとして常に自分の側に侍らせていた。
「皆さん。こんな夜遅くに呼び出してしまって申し訳ありません。ですが、どうしても急ぎの用事ができてしまって……」
エレナがすまなさそうな顔をしてアルベロを初めとする五人の男子生徒達に向けて頭を下げる。
アルベロ達五人の男子生徒はエレナによってここに呼び出されていた。「幸運」にも六人とも明日の軍事演習では同じ陣営で、テントを組み立てる場所も近かった為、教官の目を盗んで約束を取り付けるのはそれ程難しくはなかった。
「気にすることはない。エレナ、君が呼べば私は、私達はいつでも駆けつけるよ」
「そうそう。僕達とエレナの仲じゃん? 変な事は気にしなくていいよ」
アルベロが正に貴公子といった爽やかな笑顔を浮かべてエレナに言うと、伯爵家の次男が人懐っこい笑顔でそれに続く。
「ありがとうございます。……それでその、皆さんにお願いがあるのですが……」
「俺達にお願い?」
「俺に出来る事なら何でもやろう」
エレナの言葉にアルベロの実家と同じ派閥にある軍属貴族の男爵家の長男が首を傾げ、同じく軍属貴族の子爵家の三男が即答する。子爵家の三男がエレナの頼みを聞くと言うと、他の四人も彼女の気を引く為に自分達も頼みを聞くと言い出した。
「ふふっ。皆さん、本当にありがとうございます。それでは……」
アルベロ達五人の取り巻きがエレナの頼みを聞いてくれると言うと、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて見せて、そしてその後……。
「全員、私達に捕まってくれませんか?」
と、取り巻きの五人……いいや、五人の「獲物」に向かって自分の「お願い」を口にするのだった。
「……………え? エレナさん? 今のはどういう意味ですか?」
エレナの言葉の意味が分からずアルベロ達は全員言葉を失い、最初に回復した五人の取り巻きの中で唯一貴族ではないがアックア公国で有数の商会の会長の次男である青年が、目の前にいる自分達の憧れであった女性に質問する。その問いに対してエレナは、いつものように皆を魅了する笑顔を浮かべて答えるのだが、今のアルベロ達は彼女の笑顔に背筋が寒くなる薄気味悪さしか感じられなかった。
「どう言う意味もそのままの意味ですよ。貴方達には私達『黒竜盗賊団』の人質になってもらいます」
エレナがそう言うと、いつの間にか十人程の手に剣を持って武装した男達が、アルベロ達五人を取り囲む形で現れた。アルベロ達は自分達が囲まれた事実と、今エレナが口にした言葉に顔を青くする。
「こ、黒竜盗賊団……? エレナ、君が? わ、私達を騙していたのか?」
先程まで貴公子に相応しい爽やかな笑顔を浮かべていたとは思えないくらい恐怖で引きつった顔をするアルベロを見て、彼らを取り囲む男達は馬鹿にするような笑みを浮かべ、エレナもまた面白いものを見たような笑顔でアルベロの言葉に答える。
「ええ、簡単に言えばそうです。本当の予定だったら計画の実行は明日の軍事演習の最中で、私も貴方達と一緒に拐われるフリをするはずだったのですよ? でも予定外の人物のせいで計画が一部変更になって……」
「成る程。その予定外の人物とは俺の友人の事で間違いなさそうだな」
絶望に染まったアルベロ達の表情から既にこの場の勝利を確信したのか、自分の知る計画の内容を自慢気に語るエレナの言葉を一人の男の声が遮った。
「っ!? 誰!」
エレナ達が声がしてきた方を見ると、そこには士官学校の制服を着た一人の男子生徒の姿があった。
その男子生徒は身長が二メートル近くあり筋骨隆々の逞しい体格を持つ生徒だった。禿頭で目つきが鋭い悪人顔で、制服を着ていなければ士官学校の生徒には見えず、よくて歴戦の傭兵悪くて山賊団の頭領といった印象である。更に手には自分の肩まで届く大剣が握られていて、彼から感じる威圧感を倍増している。
エレナやアルベロ達は突然現れた男子生徒の事を知っていた。彼は士官学校で「あの」サイ・リューランと最も、あるいは唯一仲が良い男子生徒で、自分達も前に一度会話をした事があった。
「あ、貴方は……!?」
エレナは男子生徒の名前を言おうとするが、突然の事でとっさに名前が出てこず、それを見た男子生徒が鼻を鳴らす。
「ふん。前に一度名乗ったのだがもう忘れたか? まあいい。特別にもう一度だけ名乗ってやろう。俺の名はビークポッド」
男子生徒、ビークポッドはそう言うと手に持った大剣を夜空に掲げて名乗り出す。……ちなみにこの時、大剣の刃ではなく、彼の頭が月の光を反射して「キラリ!」と光ったのはご愛嬌。
「ボインスキー子爵家嫡男、ビークポッド・ボインスキーだ」
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