二人の少女と国王の会話(2)
「あの、伯父様? それで私は一体どの様な用件で呼ばれたのですか?」
「あ、ああ! そうだな。その事を忘れていたよ。すまなかったな、クリスナーガ」
クリスナーガが話しかけるとフランベルク三世はすぐさま彼女の方を見る。その姿は大きな問題から目をそらす子供のように見えたが、クリスナーガはそれを指摘せず次の言葉を待つ。
「それでここに呼び出した用件なのだが……その前にクリスナーガ? 君には婚約者はいなかったな?」
「ええ、いませんよ。丁度いい相手がいませんでしたし」
「そうか……。では恋人とかはいるのか?」
「そちらもいませんね。中々興味を覚える面白い男がいなくて……て、もしかして」
「………!」
婚約者や恋人がいないか聞かれたクリスナーガは、そこで自分がフランベルク三世に呼び出された用件を理解し、横にいるアイリーンも同様で口元を隠して驚いている。
「察しがいいな。クリスナーガ、君の縁談が決まった。君にはある人物と婚約を結んでもらう」
フランベルク三世が言い出した婚約の話はいきなりであったが、クリスナーガはそれほど驚いてはいなかった。彼女も王家の一員として、いつかは顔も知らない家同士が決めた相手と結婚する事を理解していたし、覚悟もしていた。
「えっと……。一応聞きますけど、拒否権なんかは……」
だが、それでもこの様な事を言えるのがクリスナーガという女性であった。
「ない。これはフランメ王国国王としての命令だ。クリスナーガ、君には何としても『彼』の婚約者となり、最終的には彼の妻の一人になってもらう」
即答するフランベルク三世の姿を見てクリスナーガは、ここまで強引な伯父は珍しいと思いながらある事に気づく。
「あの……伯父様? 今、妻の一人って聞こえたんですけど、その私の婚約者になる人って結婚しているのですか?」
クリスナーガの質問にフランベルク三世は少し言いづらそうな表情をしながら答える。
「そうだな……。これはいずれ分かる事だし、ここで話しておこう。彼は結婚していないがクリスナーガ、君と同時期にもう一人の女性と婚約を結ぶ予定となっている」
「はいぃ!?」
「それってどういう事ですか!?」
フランベルク三世の発言にクリスナーガとアイリーンが同時に驚きの声を上げるのだが、それはある意味当然の反応であった。
フランメ王国やその周辺の国々は一夫多妻制で、一人の男が複数の妻や婚約者を持つ事はそれほど珍しい事ではない。しかし仮にも王族であるクリスナーガを、他の女性と一緒に一人の男の婚約者にするというのは、国の威信の問題から考えられない事である。
「伯父様? 私の婚約者になる人ってどんな人? どこかの国の大貴族? それに私と一緒に婚約者になるもう一人の女性って?」
驚いた表情のまま疑問を投げかけるクリスナーガだが、フランベルク三世は首を横に振った。
「悪いがそれには答えられない。婚約を公表するのは半年以上先、君が士官学校を卒業した後の予定だ。それまでは彼の事を教える事はできない」
「自分の婚約者の事なのに、ですか?」
クリスナーガが言っているのは至極当然の疑問であるがフランベルク三世はそれに頷く。
「そうだ。彼は色々と特殊でね。今更だと分かっていても、これ以上彼の情報が漏れて無用な混乱が起こるを避ける為に情報を制限させてもらう」
「……?」
フランベルク三世の言葉にクリスナーガは眉をしかめる。今の言い方だと、すでにその「彼」の情報が何処かに漏れて混乱が起こったように聞こえたからだ。……そして彼女の予想は当たっていた。
自分の婚約者となる「彼」がどんな人物かクリスナーガが考えていると、フランベルク三世がそんな姪の顔を見ながら口を開く。
「一つ言える事はクリスナーガ、君と彼の婚約は隣国のアックア公国だけでなく周辺の国々との関係に大きな影響を与えるという事だ」
「っ!? それほどの人物なのですか?」
「そうだ」
「……そうですか」
フランベルク三世に返事をするクリスナーガの口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。
(何だか面白そうね)
クリスナーガは心の中で呟く。
フランメ王国の国王である伯父にここまで言わせるとは一体どんな人物なのか期待で胸が膨らむ。後、ついでに自分と一緒に婚約者になる女性にも少し興味がある。
王族である以上、国王が決めた縁談に従うしかないのだが、それでも人生の伴侶となるからには自分を楽しませて興味深い人間であって欲しいとクリスナーガは願う。そして伯父の話ぶりだと自分のささやかな願いは叶いそうな気がして彼女は嬉しく思った。
その後、クリスナーガは婚約の話を了承するとフランベルク三世の部屋を後にした。クリスナーガ達が王宮から士官学校の学生寮に戻る途中でアイリーンがクリスナーガに話しかける。
「クリスナーガ様。ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、アイリーン。まあ婚約と言っても、まだ正式になったわけじゃないし、相手の顔も名前も分からないんだけどね。……ねぇ、アイリーンはどんな人だと思う?」
「いえ、私には分かりかねます。ですがクリスナーガ様の婚約者となられる方なら、それは私にとっても大切な方。誠心誠意尽くさせてもらいます」
「ふふっ♪ ありがとうね。期待しているわよ、アイリーン」
「はい」
まるで忠誠を誓う騎士のような事を言うアイリーンにクリスナーガは笑みを浮かべて礼を言い、二人は士官学校の学生寮に帰って行った。
クリスナーガとアイリーンは知らない。
クリスナーガの婚約者となる人物が今、アックア公国の士官学校に留学しているゴーレムトルーパーの操縦士である事を。
そしてアイリーンがその操縦士を長い間見下してきた挙句、人としての礼儀を欠いた仕打ちを幾度となくしてきた事を。
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