二人の少女と国王の会話(1)

「それにしても伯父様ってば、いきなり呼び出してどうしたのかしら?」


 フランメ王国王都リードブルムの中央に位置する王城の通路を、フランメ王国国王フランベルク三世の弟の娘であるクリスナーガとその学友であるアイリーンは歩いていた。


 士官学校の訓練を終えた後、突然フランベルク三世の使いから王宮に招集されたクリスナーガはアイリーンを連れて王宮にやって来ていた。クリスナーガに連れられてきたアイリーンは、恐縮した態度で彼女の後ろをついて行く。


「あの、クリスナーガ様? 呼ばれていない私もついてきてよかったのですか?」


「ああ、大丈夫、大丈夫。伯父様って結構気さくな人だし、私が連れてきたって言ったら怒ったりしないわよ」


 恐る恐るといった感じで聞いてくるアイリーンにクリスナーガは何でもないように答える。


「しかし……」


「それにアイリーンの目標を達成する為には、ここで伯父様に会って顔を覚えてもらうのは悪い事じゃないんじゃない?」


「……」


 尚も言い募ろうとするアイリーンであったが、クリスナーガの一言に押し黙る。


 アイリーンの目標。それは祖父の代で没落してしまった彼女の実家のクライド家を再興させる事。


 子供の頃より祖父に言って聞かされてきたこの目標を達成するは決して容易な事ではなく、クリスナーガの言う通り、ここでフランベルク三世と顔を合わせる事は目標を達成するのに大きな助けとなる筈だ。


「けど今日の訓練はかなり辛かったな……。明日筋肉痛にならないよね? アイリーンは大丈夫?」


 アイリーンが納得したようなのでクリスナーガは話題を今日の士官学校の訓練にと変える。クリスナーガ達がフランメ王国の士官学校に入学してから早五ヶ月、士官学校での授業や訓練は厳しさを増す一方であった。


「私は何とか……。それにたった一年で指揮官としての教育をするのですから訓練が厳しくなるのは当然かと」


「それもそうなんだけどさ……。あっと、もう着いた」


 話をしているうちにクリスナーガとアイリーンの二人は、目的地であるフランベルク三世がいる部屋の前に辿り着いた。部屋の前には二人の衛兵が立っていて、クリスナーガ達の姿を確認した衛兵の一人が部屋の中に報告した後、扉を開いて二人を出迎えた。クリスナーガは衛兵に向かって手を振り、アイリーンは頭を小さく下げて見せて部屋の中へ入って行く。


「伯父様。クリスナーガ、来ましたよ」


 衛兵が扉を閉めるのを確認してからクリスナーガは部屋の中にいる人物、このフランメ王国の国王フランベルク三世に声をかけた。部屋の中のフランベルク三世は執務机で何かの資料を作っていたのだが、クリスナーガ達が入ってくると資料を作る手を止めて、彼女達の方を見た。


「やあ、クリスナーガ。いきなり呼び出してすまなかったね。……それでそちらのお嬢さんは?」


「彼女はアイリーン。私と同じ士官学校に通っているお友達です」


「あ、アイリーン・クライドと申します。こうして陛下に出会えて光栄です」


 クリスナーガが紹介すると、アイリーンは緊張した表情で頭を下げてフランベルク三世に自己紹介をする。その彼女の家名を聞いてフランベルク三世は何かを思い当たった表情で口を開く。


「ああ、君が『あの』……。それにクライド? もしや君はクライド侯爵……いや、クライド子爵の?」


「はい。孫娘になります」


 フランベルク三世の言葉にアイリーンが頷く。


 アイリーンの実家であるクライド家は元々はフランメ王国建国の頃からあった名門で爵位は侯爵であった。


 しかしアイリーンの祖父が当主であった時に当主の父親、つまりアイリーンの曽祖父がとある戦で命を落とし、その責任によってクライド家は没落。爵位は侯爵から子爵へと下り、財産は全て没収とされた。


 地位に名誉に財産、その全てを失ったアイリーンの一家は、曽祖父の知り合いであるサイの曽祖父を頼り、サイの曽祖父が開拓したイーノ村に移り住んだのであった。


「そうか……。君の祖父に降格と財産の没収を言い渡したのは私だ。十年前に君の曽祖父が戦で負けた責任はあまりにも大きく、そうするしかなかったのだ」


「はい。その事は重々承知です。十年前の陛下の決定に今更異論を言うつもりはありません……」


 フランベルク三世の言葉にアイリーンは顔を俯けながら答える。


「そうか……。そう言ってもらえると私も助かる。……その、何だ? これから先『色々』と大変な事があると思うが頑張りたまえ」


「はい! ありがとうございます!」


 フランメ王国国王からの激励の言葉にアイリーンは頭を下げて礼を言い、フランベルク三世はそんな彼女に笑みを向ける。


 しかしその笑みは、前途ある若者を祝福するものではなかった。


 アイリーンとクリスナーガは気づかなかったが、今フランベルク三世が浮かべているのは、屠畜場へと向かう家畜を見送るような、哀れみの笑みであった。


(……うん。本当に頑張りなさい)


 フランベルク三世はまるで死者の冥福を祈るような気持ちで心の中で呟くと、執務机の上にある先程まで自分が作っていた資料に目を向ける。


 フランベルク三世が作っていた資料は、ある数十人の人物達の情報をまとめたものであった。


 そしてその人物達とは、まだ公表されていない最近現れた新たなゴーレムトルーパーの操縦士がフランメ王国の軍学校に通っていた頃の同級生達ばかりであり、その中にはここにいるアイリーンの名前もあった。


 そう、フランベルク三世が作っていたのは、サイが軍学校にいた頃に彼を見下してきた学生達のリストなのである。


 今から二ヶ月くらい前にアックア公国でフランベルク三世とサイ達と話をした時、ピオンはサイ達に内緒でフランベルク三世にこの資料を要求してきた。サイがフランメ王国の軍学校で同級生に受けた仕打ちをピオンから聞き、その時の怒りの光を宿した彼女の目を見たフランベルク三世は、ホムンクルスの少女がこの資料を何に使うのかを理解した。


 ピオンは、サイを見下してきたアイリーンを含む軍学校の彼の同級生達への復讐を諦めていなかったのだ。


 フランベルク三世は資料を要求してきた時のピオンの目を思い出し、彼女が行う復讐が生半可なもので終わらない事を確信した。しかしこれもゴーレムトルーパーという強大で貴重な戦力を手に入れる為と、彼女の復讐を黙認するどころか僅かばかり協力するという国王として非情な決断を下したのであった。


 だが、国王であると同時に一人の父親としてフランベルク三世は、せめてアイリーンを初めとするピオンの復讐対象となった若者達の幸運を祈らせてもらおうと思った。

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