二人の国主(2)

「あの……フランベルク陛下がアックア公国へやって来られた理由は分かりましたが、それで何故お父様と一緒にこの学園に?」


「それはサイ達の様子を見に来たに決まっているだろう。なぁ、フランメの?」


「ああ」


 ブリジッタの疑問にバルベルトが答えると、彼とフランベルク三世はサイの方に視線を向ける。


「何しろ数百年ぶりに現れた新たなゴーレムトルーパーとその操縦士だ。アックア公国とフランメ王国のどちらに仕官するかで、軍事的にも諸外国との関係にも大きな影響が出る。だからこうして俺とのフランメのが自らやって来たって訳さ。俺はそれに加えてお前の様子を見に来たってのもあるがな」


「そういう事でしたか……」


 バルベルトは娘のブリジッタが納得すると次はサイに話しかける。


「それでサイ? アックア公国は気に入ったか? アックア公国に仕官するなら軍属少佐待遇から正式な少佐にして、伯爵の爵位も授けるぞ。もちろんお前の家族が暮らせる場所も用意してやる」


「おい待て。サイ君は我がフランメ王国の人間だぞ」


 通常であれば考えられない好条件を持ち出してサイを勧誘してくるバルベルトにフランベルク三世が待ったをかける。しかしバルベルトはそんな言葉を気にしていないように鼻を鳴らした。


「はん。よく言うぜ。貧乏男爵家出身の上等兵として使おうとしていたくせによ。ゴーレムトルーパーの操縦士で、ピオン達みたいな美人で有能なホムンクルス達を引き連れて、おまけに『倉庫』の異能なんて超便利な異能を使えるサイを薄給でこき使おうだなんて、サイが可哀想じゃねぇか?」


「それは以前の話だ! フランメ王国でもサイ君が卒業次第、彼に少佐以上の階級を与え、実家の爵位も伯爵に陞爵する準備が出来ている!」


 バルベルトの言葉にフランベルク三世が力強く反論する。


 確かにサイは最初、輜重兵科(兵站を担当する後方支援の兵科)の輸送部隊に上等兵として配属される予定であったが、それは彼が軍学校を卒業したばかりの頃のドランノーガやピオン達を手に入れる前の話である。今やサイは一国の運命を左右するくらいに重要な存在であり、彼を自国に引き止めておく為に高い地位を与えるのは当然の話と言えた。


「まぁ、それもそうだわな……。ではサイ? ここにいるブリジッタを嫁にするつもりはないか?」


「「えっ!?」」


 フランベルク三世の言葉に当然といった風に頷いたバルベルトはそんな事を言い、アックア公国の大公による突然の爆弾発言にサイとブリジッタの二人が同時に驚いた。


「お、お父様……? 私にはアルベロ様という将来を誓った方が……」


「そんな事は知っているよ。お前とワーキウ家の坊主の婚約を決めたのは俺だぞ? だがそのワーキウ家の坊主は今、どこぞの平民の娘にうつつを抜かしていて、お前も相変わらず前文明の研究に集中してそれを放置しているそうじゃねぇか?」


「それは……」


 思わず反論しようとするブリジッタであったが、バルベルトは彼女の婚約者であるアルベロがエレナの取り巻きと化している点を指摘し、自分の周りの状況を父親に把握されていた事を知ったブリジッタは何も言えなくなった。


「確かに婚約を一方的に破棄するとワーキウ家がうるさいかもしれないが、それだけの価値はあるんだよ。お前がサイとくっつけば、サイがアックア公国に仕官しなくてもいざという時に救援などを頼み易くなるし、フランメ王国との友好的な関係をより強くする材料にもなる。それは分かるな?」


「確かにな」


「……はい」


 バルベルトの言葉にフランベルク三世とブリジッタは頷き、次にバルベルトはサイに話しかける。


「それでサイ? ウチのブリジッタはどうだ? 俺が言うのも何だが、ブリジッタはいい女だぞ? 家柄は申し分ないし、顔も性格もいい。特にこの胸なんか最高だろ?」


「はい! 最高です!」


 サイにブリジッタの売り込みをしていたバルベルトがいやらしい顔となって娘の胸について聞くと、巨乳好きな馬鹿は元気よく肯定する。それを聞いてピオンを始めとする四人のホムンクルスは苦笑し、フランベルク三世は口元に手を当てて何かを考える表情となる。


「お父様!」


「はははっ! 別にいいじゃねぇか。サイも気に入ってくれていみたいだしよ」


 顔を真っ赤にしたブリジッタが両手で胸を隠して父親に抗議すると、バルベルトは豪快に笑った後、真剣な表情となって自分の娘の顔を見る。


「ブリジッタ。俺は何も今すぐお前とワーキウ家の坊主との婚約を破棄させようとは思っていない。だが、ワーキウ家の坊主がこれからもあんな状態であるなら、俺は婚約を破棄させてサイの所に嫁がせるぞ。それが国の為でもあり、お前の為でもある……分かるな?」


「はい。……分かりました」


 真剣な表情で話すバルベルトとブリジッタの親子の会話を聞きながらフランベルク三世が呟く。


「……ふむ。予想していたがやはりそうきたか。ならばこちらは……確かクリスナーガがすでに結婚できる年齢になっていたかな? 本国に戻り次第、彼女に婚約者等がいないか確かめてみるか」


 クリスナーガとはフランベルク三世の弟の娘、つまり姪であり、サイは知らない事だが自分の幼馴染であるアイリーンに援助を行なった人物であった。


 ゴーレムトルーパーの操縦士であるサイと縁を結ぶ為に、彼の元に自分の娘や親族を嫁がせる事を考える王族二人。その会話を聞いていて当の本人であるサイは、今頃になって自分の縁談が組まれつつある事を理解する。……話が大きすぎて頭の理解が追いついていなかっただけかもしれないが。


「え? これって俺の意思とかは……?」


 思わず小声で呟くサイ。その呟きが聞こえたのは彼の後ろにいる四人のホムンクルス達だけであった。


「残念ですけど、そんなものある訳ないと思いますよ?」


「確かに断れる感じじゃなさそうですね」


「そもそも王族や貴族の婚姻はそういったものだと思います」


「諦めが肝心ですね。それにそんなに悪い話ではないかと」


「………」


 ピオン、ヴィヴィアン、ヒルデ、ローゼの順番で小声でそう言われたサイは何も言えなくなり、その場で顔を伏せる事しかできなかった。

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