夜空の会話

 ゴーレムトルーパー。


 それは惑星イクス最強の兵器であり、人類がモンスターを撃退できる唯一の手段。


 剣や槍、弓矢や銃に大砲、異能を使った攻撃。軍隊の主な戦い方はこれらの力を多く集めて上手く使いこなす事で、この戦い方でもモンスターの群れを少しの間足止めする事は出来るし、十にも満たないモンスターくらいなら戦って倒す事は出来る。……だがそれだけだ。


 軍隊の主な戦い方ではモンスターの群れを長時間相手するのは不可能で、百や千を超えるモンスターと戦えば全滅する未来しかない。モンスターの群れを倒し、人類を守る事が出来るのはゴーレムトルーパーだけなのである。


 そんなモンスターを圧倒できるゴーレムトルーパーを人間同士の戦いに投入すると「先にゴーレムトルーパーが戦場に到着した陣営が勝つ」、「ゴーレムトルーパー同士の戦いで戦争の決着が決まる」という流れができるのも当然な話であり、ゴーレムトルーパーの活動に無駄な制限がかからない様にどの国の軍隊でもゴーレムトルーパーの操縦士には戦場で大きな権限が与えられるようになるのもある意味当然な話と言えた。例えそれが軍学校で基本的な訓練と授業しか受けておらず、実戦経験なんて皆無の二十にもなっていない青年でも、ゴーレムトルーパーの操縦士に選ばれれば、どの国の軍でも少佐以上の待遇で迎えられるのだ。


 そしてゴーレムトルーパーの操縦士には、定期的に国内を巡回する哨戒任務が義務付けられていた。


 前述したようにモンスターを撃退出来るのはゴーレムトルーパーだけだ。その為、国内にある村や街がモンスターに襲われたらゴーレムトルーパーがそこに向かわなければならないのだが、襲われているという連絡を受けてから向かっては間に合わない場合もある。


 それを防ぐ為にゴーレムトルーパーの操縦士は、定期的に国内を巡回して、もしモンスターを発見したらこれを即座に退治する哨戒任務が義務付けられていたのだった。


 しかしアックア公国が保有しているゴーレムトルーパーの一機、ビアンカ・アックア元帥が乗る「ヴァイヴァーン」は、三週間くらい前にモンスターの大群との戦いで起きた「とある事故」により機体に大きなダメージを負い、今も満足に動けないでいた。その穴を埋めるべく、アックア公国はフランメ王国から留学して来たゴーレムトルーパーの操縦士サイ・リューランとその従者であるピオンに軍属少佐待遇の身分を与え、本来ならビアンカが行うはずだった哨戒任務の代わりを依頼したのである。


 ビアンカのゴーレムトルーパー、ヴァイヴァーンが完全に回復するまでの戦力の穴埋め。これもアックア公国がサイ達を強引に留学させた理由の一つであった。


 そして哨戒任務の最中、夜空を飛ぶドランノーガの操縦席ではピオンがこれ以上ない上機嫌で笑っていた。


「ふふふっ♪ それにしてもあの教官の顔、傑作でしたよね、マスター? マスターと私が軍属少佐待遇だと知った途端顔を青くして……今思い出しても笑いが止まりませんよ。ふふっ♪」


 ピオンが言っているのは数時間前に士官学校の校長室で起きた出来事の事で、問題児だとサイ達を侮っていた教官が驚愕の事実を知って顔を青くする様を思い出して、ホムンクルスの少女はそれはそれは楽しそうに笑う。


「やっぱり権力があると人を黙らせるのに便利ですね♪ 士官学校を卒業するとフランメ王国もアックア公国も正式に少佐待遇で迎えてくれると言ってくれてましたし……そうなるとマスターを馬鹿にしていたアイリーン達への復讐もやりやすくなりますよね♪」


 笑顔で言うピオンの頭の中では、アイリーンを初めとするフランメ王国での軍学校時代にサイを見下してきた生徒達を、将来得るであろう権力をどの様に使って復讐するか考えているのだろう。そんなホムンクルスの少女にサイは、額に一筋の汗を流しながら話しかける。


「なぁ、ピオン? お前、前に俺が望んでいない復讐はしないって言ってなかったか?」


「はい、勿論言いましたよ? ですが向こうからやって来る分には話は別です。マスターの話を聞く限り、その生徒達はかなり歪んだプライドを持っていると予測され、そんな人間はマスターの事を知ると自らの格の違いも考えずに突っかかって来ることも予想されます。そうなったら私はマスターを守る為に仕方なく……ええ、仕方なく彼らを迎え討たなくてはならないのです」


 サイは「仕方なく」の部分を強調して言うピオンの顔を見て確信する。このホムンクルスの少女は、かつての同級生達が自分に突っかかって来たら、それを口実に彼らを完膚なきまでに叩き潰すつもりだと。


 確かにサイだってフランメ王国での軍学校時代を思い出すと若干腹が立つし、かつての同級生を見返してやりたいという気持ちもある。しかしその為に相手を再起不能にするつもりはない。


 だがピオンの手にかかればサイに突っかかって来た者は肉体的にも、精神的にも、社会的にも抹殺されかねない。そう思ったサイは、軍学校時代の同級生達に出来得る限り接触を取らないでおこうと決めたのだった。


「……ん?」


 サイがそこまで考えた時、ドランノーガの操縦席に異変が起こった。


 ピー! ピー! ピー!


「何だ? 何が起こっている?」


「ちょっと待ってください。……これは」


 突然ドランノーガの操縦席にアラームが鳴り響き、サイが周囲を見回すとその隣に座るピオンが素早くドランノーガの機体状態をチェックする。


「ピオン? これは一体どうしたんだ?」


 説明を求めるサイにピオンは、操縦席に鳴り響くアラームが報せる事態の内容を告げる。


「どうやら、今まで製造中だった三人のホムンクルスの身体が完成したみたいですね」

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