呼び出し

「サイ・リューラン!」


 サイとピオンがブリジッタと分かれて学生寮にある自分達の部屋に向かっていると、突然何者かに呼び止められた。二人が声をした方を見るとそこにいたのは、入学式の時に見た砲兵科の教官の一人だった。


「探したぞ、サイ・リューラン。校長先生がお呼びだ、ついてこい。そこのホムンクルスもだ」


 教官はそれだけ言うと返事も待たずにサイとピオンに背を向けて歩きだし、二人もその後について行く。


 先程の教官の声に、周囲にいた士官学校の学生達が何事かと教官とその後ろをついて行くサイとピオンを見る。しかしその視線は決して友好的なものではなかった。


 何しろ同盟国とは言え他国からの留学生で、入学初日から従者代わりのホムンクルスの少女に性的な悪戯をしているという噂が立てば、悪印象を持たれても仕方がないだろう。……それにサイは、ピオンに胸を押しつけられたり裸を見せつけられたりと、性的な悪戯を「している」ではなく「されている」という違いはあれど、噂のほとんどが事実なので反論する事が出来ずにいた。


 その為、周囲の学生達はサイとピオンを入学初日から問題を起こした問題児と考えて見ており、そしてそう考えていたのは学生達だけでなくサイ達の前を歩く教官もであった。


 教官は歩きながらサイ達の方へ振り向きもせず「入学初日から校長に呼び出されるとか前代未聞だぞ」とか「何でフランメ王国からの留学生がお前みたいのなんだ」とか愚痴のような小言を繰り返し、それを聞いているピオンの中で怒りが高ぶっていくのを隣にいるサイだけが感じていた。


「(ふふ……。この男、どの様に始末してヤりましょうか?)」


「(落ち着け、ピオン。そんな物騒な事は言うな)」


 怒りのあまり目が笑っていない黒い笑みを浮かべたピオンが小声でそう呟くと、それを聞いたサイは小声で宥めようとする。このまま放っておくと教官に襲いかかって、素手で首をねじ切りそうなくらい凄まじい怒りをホムンクルスの少女は放っていたが、怒りを向けられている教官は気づいていない様であった。


「おい、何を話している?」


「い、いえ、何でもありません」


「ふん。まったく……」


 まさか自分がホムンクルスの少女に殺されそうになって、それをホムンクルスの少女の主人に助けられているとは思ってもいない教官は、忌々しそうにサイとピオンを見る。そしてそんな教官の態度がピオンの怒りを更に強くする。


「着いたぞ。お前達、静かにしていろ」


 いよいよピオンの怒りが爆発するかと思った時に校長室の前に辿り着き、サイが内心で胸を撫で下ろしていると教官が校長室の扉を叩く。


「校長先生。サイ・リューランとピオンを連れてきました」


「うむ。入りたまえ」


「失礼します」


 教官が扉を開けると、校長室には士官学校の校長とアックア公国軍の軍服を着た一人の男がおり、サイとピオンはその軍服を着た男に見覚えがあった。以前、大公の屋敷に泊めてもらっている時に一度だけあったビアンカの部下で、階級は確か中将であったとサイは記憶していた。


「ご苦労。わざわざすまなかったね」


「いえ。……しかしこの様な問題児達に一体どの様な用があるのですか?」


「っ! 貴様!」


 校長と教官の会話を聞いて軍服を着た男、中将が教官に向かって怒声を上げる。


「ひっ!? な、何でしょうか?」


「何だ、ではない! 仮にも未来の軍人を育てる士官学校の教官が、学生とは言え軍属少佐待遇の彼らになんという口に聞き方だ!」


「ぐ、軍属少佐待遇!?」


 中将の言葉に教官は絶句する。軍属とは軍人ではないが軍に雇われている事を意味し、少佐待遇とは軍の作戦に従事している時は少佐と同様の権限を与えられている事を意味している。


「校長。これはどういう事でしょうか?」


 まさか問題児だと思っていた二人が軍属少佐待遇の人物であったとは知らず教官の顔が一瞬で青くなると、中将はそんな教官を無視して今度は校長の方を見る。中将の鋭い視線を向けられて校長はしどろもどろになりながらもなんとか答えた。


「も、申し訳ありません。その……彼らに関しては事情があまりにも特殊なので、それを知っているのは士官学校でも私を含めて数名だけなのです……。それとサイ君……いえ、サイ殿とピオン殿には朝にあまり印象のよくない噂がたったみたいでして……」


 校長の弁明に中将は一度頷いてから教官に視線を向ける。


「成る程。確かにそれはもっともだ。しかし仮にも教官である人物が噂一つで生徒を決めつけるというのは問題があるのでは?」


「分かっております。彼についてか後日相応しい処分を下します」


「そ、そんなぁ……」


(教官も災難だな。可哀想に……)


 校長と中将の会話に教官は顔を青くしたままその場でへたり込む。その姿を見てサイは内心で教官に同情していたのだが、隣にいるピオンは……。


「ざまぁ♪」


 と、それはそれは心底嬉しそうな笑顔で教官向けて小さく舌を出していた。


「ピオン。お前なぁ……」


「さて、それでは本題に入ろう。サイ君。ピオン君」


 サイがピオンに何かを言おうとした時、中将が二人の前に立ってここにやって来た要件を口にする。


「士官学校入学初日からすまないと思うが、君達には今からビアンカ・アックア『元帥』の代わりとして哨戒任務に出てもらいたい」

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