図書館での出会い
「あ~! 疲れた~!」
士官学校初日の授業を終えた夕方。サイは学園内にある士官学校と大学が共有する図書館の机に突っ伏した。
「お疲れ様でした、マスター」
「本当に疲れたよ。体や頭じゃなくて精神的に疲れたよ……」
ピオンの労いの言葉に、サイは机に突っ伏したまま心底疲れきった声で呻くように応えた。
士官学校の授業や訓練は確かに厳しかったが、一月前までフランメ王国の軍学校に通っていたサイは何とかついて行く事が出来て、それほど疲れは溜まらなかった。彼がここまで疲れる事になった原因は、授業や訓練ではなく周囲の環境にある。
朝に学園の門の前で起きた出来事により「美人なホムンクルス少女を連れているのをいいことに、そのホムンクルスの少女に場所も時も選ばずに人前では言えない行為をしている」と、士官学校の生徒全員に思われたサイは、一日中周囲から好奇心や嫉妬に嫌悪等といった様々な感情の視線に晒されて精神的に疲れてしまったのだ。
「ボインスキーの奴なんかずっとこっちを睨んでいたしさぁ……」
授業も訓練も全く気にすることなく、ただ人を射殺さんばかりの目で一日中こちらを睨んでいた生徒の事を考えてサイが愚痴をこぼすと、それを聞いたピオンが思い出したようにな表情となる。
「ボインスキー……。ああ、マスターを見るときは鬼のような顔でしたが私……というか私の胸を見るときは緩みきった顔になって鼻息を荒くしていた、あの見るからに汗臭そうで近寄っただけで妊娠させられそうな豚ですね」
「……お前、今日初めて会った人間をよくそこまで言えるな?」
まるで息をするかのようにボインスキーを罵倒するピオンに、サイは思わず自分が疲れているのも忘れて顔を上げる。
「本当の事ですから。……それにしてもマスターが注目を集めるのは喜ばしいことですが、不快な感情を向けられるのはよくありませんね。ここはフランメ王国の学生達をぶっ殺す予行演習として潰しておきますか?」
「物騒なことを言うのはやめてくれ」
フランメ王国の軍学校時代にサイを見下してきた学生達への復讐を諦めていなかったピオンの発言をサイが即座に止める。するとその時、本棚の陰から一人の女性が現れて、女性はサイとピオンに気づくと二人に話しかける。
「あの……もしかしてサイ・リューラン様とピオン様でしょうか?」
「そうですけど?」
「貴女は一体……ぬおおおぅっ!?」
話しかけられたピオンとサイが女性の方を見ると、突然サイが奇声を上げた。
その女性は年齢はサイと同じくらいで、背丈はサイとピオンの中間くらい。艶のある黒髪を腰まで伸ばし、どこかで見たような整った顔立ちをしていた。
そして何よりサイの目がいったのはその胸部。ピオンのよりも一回り大きな乳房が服の下からその存在を主張している。それを見てサイ……ではなく巨乳好きな馬鹿が黙っていられるはずがなかった。
「えっ? な、何ですか?」
「マスター、あまり怯えさせるとせっかくの胸の大きな方との会話ができなくなりますよ」
「はっ!? す、すみません。つ、疲れていたのかちょっと混乱していて……」
ピオンの言葉で正気に戻ったサイが女性に頭を下げて謝る。そんな青年にピオンがからかうように声をかける。
「マスターは巨乳がからむといつでも混乱していますけどね」
「ピオンは黙っていろよ。それでその……」
「ブリジッタです。ブリジッタ・アックア」
サイに黒髪の女性、ブリジッタが名乗り、その名を聞いたサイとピオンが思わず目を見開いた。
「ブリジッタ・アックア……。アックアってもしかして……?」
「アックア公国の大公様の第三女。しかし大公様のお屋敷にいた時はお会いした事がありませんでしたが……?」
サイとピオンの言葉にブリジッタは恥ずかしそうな顔となって答える。
「その……お二人が実家にいる時に何度かご挨拶をしようと思ったのですが……緊張して声をかける事ができませんでした」
ブリジッタの言葉を聞いてサイは以前ビアンカが、彼女がゴーレムトルーパーとその操縦士を心のどこかで怖がっていると寂しげに話していたのを思い出した。
「そうなん……ですか。それで今は話しても大丈夫なのか……いや、ですか?」
言葉使いを正しながら話すサイにブリジッタは首を横に振ってみせる。
「敬語でなくても構いませんよ。ええ、大丈夫です。それで私、大学の授業が終わるとよくこの図書館に来るのですけど、よかったら今後も会ってくれませんか?」
「ああ、いいよ」
「私も構いませんよ」
「ありがとうございます」
サイとピオンから快い返事をもらえてブリジッタは嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。
サイとピオン、そしてブリジッタが話をしていた時、本棚の陰からその様子を見ている一人の女性がいた。
「ふぅん……。あれが噂のサイ・リューランか……」
女性は小声で呟くと本棚の陰からサイの顔を盗み見る。
「ホムンクルスを連れているから大貴族や商人の息子かと思ったんだけど……。お金を持っているようには見えないかな? お金を持っていそうだったら『本命』のついでにツバをつけとくつもりだったけど……やっぱりやめとこ」
そこまで小声で言うと女性は足音を立てないままサイ達に気づかれないように図書館を後にするのだった。
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