激動の半月

 アックア公国の首都ヴァンリスク。そこにある国の要人や貴族が宿泊する高級宿のスイートルームにサイとピオンの二人はいた。


「………」


 サイは部屋の壁に備え付けられている姿見を見ていた。姿見の中には、アックア公国の士官学校の学生服を着た自分の姿があり、それを見つめながらサイは一人呟く。


「本当に、一体どうしてこうなったんだ? 俺、来週にはフランメ王国の軍に正式入隊して、輜重兵科(兵站を担当する後方支援の兵科)の輸送部隊に配属される予定だったんだぞ? それがどうしてアックア公国の士官学校に留学することになったんだ?」


「一体どうしてって……。マスター、この留学が決まった理由を忘れてしまいました?」


 アックア公国の士官学校の学生服を着て、着心地を確認していたピオンがサイの一人言を聞いて訊ねると、学生服を着た青年は首を横に振る。


「いや、覚えている……。でもあの半月の出来事が濃すぎて、まだ頭のどこかであの半月が夢なんじゃないかって疑っているんだよ」


 サイはピオンにそう答えると、ここに至るまでの経緯を思い返した。


 事の始まりは半月前。サイとピオンがビアンカと共にアックア公国の大公に会うことを了承した後の事である。


 あの話の後、サイ達はビアンカの乗るゴーレムトルーパーが走行機能に不具合が生じて満足に動けないという報告を受けた。言うまでもなく原因となったのは、ドランノーガからの奇襲によるダメージであった。


 ビアンカとしては一刻も早くサイ達とドランノーガを大公の元へ連れて行きたいのだが、愛機であり国の防衛の要であるゴーレムトルーパーをこの街に置いていく訳にもいかなかった。どうしたものかと彼女が頭を悩ませていると、責任を感じたサイが一緒にドランノーガに乗ってはどうかと提案する。


 ドランノーガの操縦席は無理をすれば三人か四人くらい入れるし、空を飛べるドランノーガならば三日どころか一日もあれば首都へ行くことが出来る。更に言えばサイの「倉庫」の異能を使えば、動けないゴーレムトルーパーも何の問題もなく首都に運べる。


 ビアンカは最初、「倉庫」の異能の説明を聞いても半信半疑であったが、実際にサイがゴーレムトルーパーを異空間に収納してみせると目を丸くして驚き、驚いた後は興奮した様子でサイをスカウトしてきたのだ。どうやらビアンカは「倉庫」の異能がどれだけの価値があるか一目で理解したらしく「貴族の爵位も軍の地位も好きなだけやるからアックア公国に仕官しろ!」と言ってきたビアンカに、サイは一瞬何を言われたのか分からなかった。


 興奮するビアンカ何とか落ち着かせてサイ達がアックア公国の首都ヴァンリスクに行くと、そこで事態は一気に加速する。


 緊張で体を固くしてアックア公国の大公と対面したサイは、ドランノーガの性能や「倉庫」の異能を含めて大公に大いに気に入られ、国賓の様な待遇で大公の屋敷に招かれた。そんな貧乏男爵家の長男には不釣り合いな生活を一週間程送っていると、今度はビアンカが街を出る時にフランメ王国へと送った脚力特化の「超人化」の異能を持つ使者と共に、フランメ王国の国王本人が大公の元に乗り込んで来たのだ。


 自国の王がいきなり自分の前に現れた事実にサイは頭が真っ白になり、ものを言わぬ石像と化した青年の前でフランメ王国の国王とアックア公国の大公は、サイ達とドランノーガがどちらの国のものかを言い合う。もちろん本人の意思を完全に無視である。


 幸いにもフランメ王国の国王とアックア公国の大公は昔からの旧知の仲で、言い合いはそれ程険悪にはならず、話し合いの結果で決まったのが「サイとピオンのアックア公国の士官学校の留学」であった。


 アックア公国の大公が言う表向きの理由は両国の友好を深める為に留学生を招き入れる事であったが、実際の目的はサイ達がアックア公国に仕官する様に意識を持っていかせるきっかけと時間作りである。フランメ王国の国王は最初これに反対したのだが、サイ達がアックア公国にその気はなくとも密入国した事実を突きつけられ、加えて留学を認めてくれたら貿易で他の国よりも優遇するという条件を出されてこれを了承した。


 ここまで自分の意思を完全に無視されたサイであるが、二つの国のトップが出した結論に異論を挟める筈もなく、士官学校の学費もアックア公国が全て出してくれるという事から本人もこれを了承し、こうしてサイとピオンのアックア公国の士官学校の留学が決定したのだった。


 ちなみにこれらの話が決まった後、サイとピオンは一度イーノ村に帰ったのだが、家族は長い間帰らなかった事を全く心配していなかった。それどころか「長い間ピオンと一緒にいたのに何もしなかったのー?」と妹のサーシャに軽く責められるように言われてサイが少し落ち込んだのは別の話。


「二つの国のトップに熱烈に求められだなんて……。マスターってば素敵すぎます」


「……あまりにも上手くいきすぎていて現実感がないっていうか、逆に不安だよ。俺は」


 この半月の出来事を思い出してピオンがうっとりとした表情で言うが、当のサイは不安そうな表情を浮かべる。


「まあまあ、そんな事を言わないで……。それよりマスター? ちょっとコレ、見てもらえませんか?」


「どうした? ……おおぅ!?」


 今までずっと姿見に映る自分の姿を見ていたサイは、ピオンに声をかけられて振り返ると彼女の姿を見て驚きの声を上げた。


 サイの目の前にいるピオンは、彼と同じ士官学校の女学生用の学生服を着ているのだが、胸元を大きく開けている上に学生服の上着の下には何も着ておらず、大きく開けた胸元から二つの肉の果実が覗かせていた。


「どうでしょうか、マスター? 似合いますか?」


「最高です!」


 胸の下で腕を組み、その豊かな乳房を強調するポーズをとって聞いてくるピオンに、輝かんばかりのイイ笑顔を浮かべて即答するサイ……ではなく巨乳好きな馬鹿。その顔からは先程までの不安は全く見えなかった。

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