王都での噂話

 サイが実家の倉庫から前文明の遺跡に通じる道を見つけ、前文明の遺跡でピオンとドランノーガと出会った日から半月ほどの時間が経った頃。フランメ王国の王都リードブルムの城下町を二人の女性が歩いていた。


 一人はフランメ王国の貴族で王弟の娘、クリスナーガ。


 そしてもう一人は同じくフランメ王国の貴族でサイの幼馴染であるアイリーン。


「うん。やっぱり人が多いところは楽しいわね」


「……そうですね」


 回りを見回しながら上機嫌で歩くクリスナーガが言うと、その後ろをついて行くアイリーンが同意する。しかしアイリーンの表情と声音は、口から出た言葉とは逆につまらなそうであった。


 王都の城下町とは言え、貴族でない平民が暮らす場所に全く興味のないアイリーンは、本当は来週から始まる士官学校生活に向けての訓練をしたかった。しかし恩人であり、後援者でもあるクリスナーガの言う事なら自分の心に嘘をついてでも彼女の言葉に同意して行動を共にするしかなかった。


 そんなアイリーンの嘘をすぐに見破ったクリスナーガは苦笑を浮かべる。


「別に嘘なんてつかなくていいわよ。貴女にはつまらなくても私には楽しいのよ。ここに来たお陰で面白そうな噂を聞けたのだし」


「面白そうな噂、ですか……?」


「アイリーン……。貴女って本当に自分が興味ない事には注意力が働かないのね? さっき花屋で私が噂を聞いていた時、貴女もそこにいたでしょう?」


 歩きながら首を傾げるアイリーンに、クリスナーガは歩きながら顔だけを振り返って呆れたような視線を向ける。どうやらクリスナーガが花屋でその面白そうな噂を聞いていた時、アイリーンは平民の言う事だからと右から左へと聞き流していたらしい。


「も、申し訳ありません!」


 呆れたような視線を向けられてアイリーンは慌てて頭を下げる。そんな彼女を見てクリスナーガは気を取り直して口を開く。


「……まあ、いいわ。それでその面白そうな噂っていうのはね? この最近、空を飛ぶ巨大な影を王都の近くで見るんだって?」


「空を飛ぶ巨大な影?」


「そう。巨大な影が東の方からこの王都にやって来たり、逆に王都から東へと向かって空を飛んでいくのを見たって人が結構いるんだって。それで目撃者の人達の中にはその巨大な影がゴーレムトルーパーなんじゃないかって言う人も……」


「馬鹿馬鹿しい」


 クリスナーガの言葉を遮ってアイリーンは一言で切って捨てる。その時のアイリーンの表情は強い不快感が現れていた。


「アイリーン?」


「どんな噂かと思えば本当に馬鹿馬鹿しい。やはり平民の話なんて聞く価値もありませんね」


 思わずクリスナーガが振り返って見ると、アイリーンは明らかに不機嫌な表情のまま言葉を続ける。


「ゴーレムトルーパーが空を飛ぶ? ゴーレムトルーパーは戦場を駆ける陸の兵器です。隣国のアックア公国などには水場も移動出来るゴーレムトルーパーもあるみたいですが、空を飛ぶゴーレムトルーパーなんて存在しません。……空を飛ぶなんて『あの機体』でも無理だったのですから」


「あ……」


 アイリーンのほとんど独り言のような言葉を聞いたクリスナーガは、何故彼女がこの様に不機嫌になったのか、その理由に思い至った。知らない内に自分が目の前にいる友人の、触れられたくない心の闇に触れてしまった事を理解したクリスナーガは、何か別の話題を話す事にした。


「あ~、そういえば話は変わるけど、家族や例の幼馴染の様子はどうなの? 手紙とかで連絡をとっていないの?」


「……いいえ。この王都に来てからは私から家族に手紙を出した事などありません。時間と郵送の代金の無駄ですから。……そういえば先日手紙が来た気がしましたが、読んでいませんし……どこにいったのでしょうね」


(家族からの手紙くらい読んであげなさいよ……)


 別の話題を出してそれに乗ってくれたのは助かるのだが、アイリーンの返事の内容の酷さにクリスナーガは思わず内心でそう呟いた。


「あと『アレ』は今頃イーノ村からこの王都に向かっている途中ではないでしょうか? 一体どの部隊の配属になるのかは分かりませんがそうですね……もし万が一、出世でも果たしたら下につけてもいいかもしれないですね?」


 アレとは恐らくアイリーンの幼馴染のサイの事だろう。仮に幼馴染なのに物扱いした挙句、まだ士官学校生(それもまだ入学もしていない)なのにこの上から目線。


(う~ん……。アイリーンって、確かに強いし面白そうなんだけど……もしかしたらハズレだったかなぁ……)


 家族や幼馴染にすらも親愛や友愛の情を欠片も懐いていないアイリーンに、クリスナーガは内心でため息を吐き彼女の評価を僅かに下げたのだった。


 そしてクリスナーガとアイリーンの会話にほんの少しだけ名前がサイはというと……。






 フランメ王国の東にある同盟国、アックア公国の首都にある高級宿のスイートルームで、士官学校の学生服を着ていた。


 それもフランメ王国ではなく「アックア公国の士官学校の学生服」を。


「学生服を着たマスターも素敵ですよ♪」


「………………………………………一体どうしてこうなったんだ?」

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