一つしかない選択肢

「随分と気に入ってくれたようだな?」


 ビアンカの口から最初に出たのは、紅茶の香りと菓子の味に瞳を輝かせているサイを見た感想であった。客人をもてなすために今この街にある最高の茶葉と菓子を用意させた自覚はあるが、彼のように見ただけで分かるくらい喜ばれては悪い気はしなかった。


「あ……! その、すみません。こんな美味しいお茶や菓子なんて王都にいた時でも味わったことがなくてつい……」


 恥ずかしそうに頭を下げるサイに、ビアンカは首を横に振ってみせた。


「構わんさ。気に入ってくれたならなによりだ。……それで本題に入るが、確かにお前達はこの街の住民達をモンスターから救ってくれた恩人だ。しかし同盟国とはいえ他国の人間であるお前達が、あの様な強力なゴーレムトルーパーに乗って無断で我が国にやって来た事を不問にする訳にはいかない。……ここまでは分かってもらえるな?」


「……はい」


「……」


 ビアンカの状況を確認をするような言葉に、サイは恥ずかしさで僅かに赤くしていた顔を今度は青くして頷き、隣に座るピオンも無言で頷いた。そんな二人にビアンカは安心させるような笑顔を浮かべて見せる。


「そんな怯えた顔をするな。悪いようにはしないから安心しろ。とりあえずお前達には私と一緒に首都へ行き、兄上と会ってもらう」


「ビアンカ様の兄上って……大公陛下とですか!?」


 サイはビアンカの言葉に思わず驚きの声を上げる。


 一応貴族とは言え、名誉も実績もない事実平民の貧乏男爵家の長男が、いきなり他国の頂点の人間に会えと言われたら驚いても仕方がないだろう。しかしそれを言った大公の妹である女性は、当然だと言わんばかりの表情で頷く。


「そうだ。ゴーレムトルーパーの情報は、国の防衛という面で国家の存亡に関わる最も重要なものだ。新たに生まれた強力なゴーレムトルーパー、ドランノーガの性能がどれ程のものなのか。そしてそれを操る操縦士であるお前達サイ・リューランとピオンがどの様な人物なのか。ゴーレムトルーパーの操縦士として国の防衛に携わる私はそれを兄上である大公陛下にお伝えする義務がある」


「そ、それは分かりますが……その……」


「……」


 ビアンカが言うことも分かるのだが、それでも気後れしてしまうサイは隣にいるピオンを横目で見る。だが頼りになるはずのホムンクルスの少女は、目を閉じて何かを考えているようで、自分の主人の視線に気づいていなかった。


「もう一度言うが、悪いようにはしないから安心しろ。報告が終わったら、この街を守ってくれた件でアックア公国からフランメ王国へ何らかの謝礼を出すように、私から兄上にかけあってみる。サイ・リューラン、お前は軍人志望なのだろう? だったら『国に貸しがある』という事実は今後の軍人生活で大きな助けになると思うぞ?」


「分かりました。その話、お引き受けします」


 それまでずっと沈黙を守っていたピオンが、ビアンカの話が終わると同時に目を開いて返事をした。


「おい、ピオン?」


「勝手に返事をして申し訳ありません、マスター。しかしこの話は受けるしかないと私は思います。ここで話を受けずにこの場から去っては国を巻き込んだ大きな問題になりますし、国に貸しを作ることは確かにマスターの出世の大きな助けになります。……マスターも本当は分かっているのでしょう?」


「……」


 こちらを見て聞いてくるピオンにサイは無言になるが、その態度は「肯定」と見てとるには充分であった。


 ピオンが言う通りサイも本当は分かっている。この話には、ビアンカに従うという選択肢しかないことに。


 しかし事態が際限なく大きくなっていく現実に頭がついてこれなかったのだ。


「話は決まったようだな。では早速で悪いが明日から出発するぞ。ここから首都まで片道三日はかかるがよろしく頼みぞ」


「……………分かりました」


 目の前の主従の会話を聞いていたビアンカがそう言うと、サイは今にもため息を吐きそうな声で返事をした。その表情は今からアックア公国の大公に会う事を想像したのか、緊張で顔色が悪くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る