地上の異変
「凄いな……。空の上からの景色ってこんなのなんだ」
飛行訓練を開始してからしばらくして空を飛ぶのに馴れたサイは周囲の景色を眺めながら呟いた。その顔は興奮によって頬が僅かに赤くなっていて、それを微笑ましく見ていたピオンが話しかける。
「マスター? 空を飛ぶドランノーガはお気に入りましたか?」
「そうだな。空を飛ぶなんて最初は怖くて仕方がなかったけど、今はとても楽しいよ。景色はいいし、速いし、コイツとだったら何処にでも行けそうだ……」
ピオンに答えるサイは非常に上機嫌であった。憧れであったゴーレムトルーパーに乗って操縦できただけでなく、空を飛ぶというこの時代では考えられない出来事を体験すれば、興奮しないほうが無理な話だ。
「王都からイーノ村に帰る時は徒歩と馬車で十日くらいかかったけど、ドランノーガだったら一日もあれば王都に行けるかもな」
「では行きましょうか」
サイが王都からイーノ村に帰るまでの道のりを思い出しながら呟くと、ピオンが王都に行くことを提案してきた。
「行くって、王都に? 一体何をしに?」
「決まっているじゃないですか? ……アイリーンを始めとするあいつらをブッコロシニイクンデスヨ」
「……!?」
にこやかな笑顔から一転して能面のような無表情となったピオンの言葉に、サイは思わず体ごと視線を彼女の方に向けた。
今ピオンが言った「アイリーンを初めとするあいつら」とはまず間違いなく、軍学校時代にサイを見下してきたアイリーンを含めた軍学校の生徒達だろう。どうやらホムンクルスの少女は、サイが口にした「王都」という単語に反応して彼女達への怒りを再燃させたらしい。
「あ、あの……ピオン、さん? 確かに軍学校は王都にありますけど、俺と同じ時期にいた生徒はもう卒業していて……その、王都にいるとは限りませんよ?」
「ええ、それは分かっています。ですけどあのアイリーンのクソ女は確実にオウトニイマスヨネ?」
「…………!」
思わず敬語になりつつも、何とかピオンを落ち着かせようとするサイであったが、静かな怒りを込めた彼女の言葉に何も言えなくなった。
「…………」
「……なんてね♪ 冗談ですよ、マスター♪」
落ち着かせるための言葉が思い浮かばず、サイが顔中に大粒の汗をいくつも流しながらピオンの顔を凝視していると、ピオンは能面のような無表情を笑顔に変えてそう言った。
「え?」
いきなり無表情から笑顔となったピオンは、呆けた顔で自分を見てくるサイに笑いながら言う。
「安心してください。マスターが復讐を強く望んでいないことは充分理解しています。私個人としてはマスターを愚弄したアイリーンを初めとする無礼者どもを古今東西のあらゆる拷問方法でじっくりと丁寧に痛め付け、ゆっくりと時間をかけて処刑したいのですが、マスターの望まないことをする気はありません。だから安心してくださいね♪」
「そ、そうか……。それならよかったんだ。はは、ははは……」
笑顔で言うピオンに対してサイも笑ってみせるが、内心では全く安心できておらず、その笑みは引きつっていた。
何故ならピオンは口元と口調は笑っているもののその目は全く笑っておらず、アイリーンを始めとするこの場にいない者達への最早殺意と言っても過言ではないドス黒い怒りで濁っていた。それを見て安心なんてできる筈もなく、むしろ不安と恐怖が増すばかりであった。
もしサイがアイリーンを始めとする軍学校時代に自分を差別してきた者達への復讐を望めば、ピオンは躊躇うこともなく先程言った「拷問」や「処刑」といった行為を行うだろう。だが今の所は行動に移さず一応大人しくするそうなので、サイはこれ以上この話題に触れない事にした。
触らぬ神に祟りなし。下手に藪をつついて蛇を……この場合は自分には噛みつかないが他人には容赦なく噛みつく毒蛇を出す趣味はサイにはなかった。
「え~と……。それじゃあ、飛行訓練はこれくらいにしてそろそろ帰る……うわっ!?」
「きゃっ!」
サイが飛行訓練を終えて帰る事を提案しようとした時、ドランノーガの機体が大きく傾いて操縦席に振動が起こった。どうやらさっきまでの会話でピオンに気を取られすぎて操縦がおろそかになりバランスを崩してしまったようだ。
「もう! マスターってば、気を抜きすぎですよ?」
(俺か!? これって俺が悪いのか!? お前が変な事を言わなかったこうならないですんだんじゃないのか!?)
わざとらしく頰を膨らませて少し起こった顔をするピオンに、サイは内心で盛大に抗議の声を上げる。しかし青年は、そんな心の声を表に出す事なくドランノーガの操縦に意識を集中させる。
「……駄目だ。高度が維持できない。どこか着地できる場所は……ん?」
「マスター? どうかしましたか?」
「……なぁ、ピオン? あれは一体何だ?」
バランスを崩してしまったせいで高度を維持できなくなったドランノーガを着地させようと、サイが着地できる場所を探していると彼の目にあるものが映った。
それは人が住む街と、その街へと向かって走る黒い影の群れであった。
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