辛かった思い出

「随分と驚かれてますけど、そんなに驚く事ですか?」


「……いや、普通は驚くだろ?」


 驚きの声を上げるサイの姿にピオンは首を傾げ、逆に青年はそんなホムンクルスの少女の様子に毒気を抜かれて冷静になった。


「ゴーレムトルーパーの操縦士は皆、ナノマシンの力で若い姿を保っているはずですよ? マスターは他の操縦士を見た事はないんですか?」


「ないな」


 ピオンの疑問にサイは即答する。王都で行われる祭りや戦勝パレード等にゴーレムトルーパーとその操縦士が参加することはあるのだが、辺境のイーノ村にいた頃は縁の無い話であったし、軍学校時代に祭りに行った事はあるが、その時はあまりに大勢の人だかりに邪魔されてゴーレムトルーパーを遠目で見ることが精一杯であったのだ。


 それにもし間近でゴーレムトルーパーの操縦士を見る事ができたとしても、ピオンに聞かされるまで何も知らなかったサイは「ゴーレムトルーパーの操縦士は偶々若い人間ばかりだった」と思うだけで、不老の存在だとは気づかなかったであろう。


「そうですか。……まあ、それはいいです。ではマスター、次の身体能力の再確認をしましょうか?」


「ああ、そうだな」


 ピオンの指示に従ってサイは、ナノマシンによって強化された自分の体の性能を試していく。


 まずは決められた距離を往復して走って走力を、次に左右に跳躍して瞬発力を、最後にその場で飛んでみて跳躍力を試してみる。するとその全てで普通の人間を遥かに越える結果を出した。


 走れば馬よりも早い上にどれだけ走っても息が切れず、左右に跳躍すればあまりの速さに体が二つに分身したように見えて、その場に飛んで見れば大岩に腰掛けているピオンを見下ろせる高さまで飛ぶ事ができた。それらの結果は、サイに自分の体が今までとは全くの別物であることを強く実感させた。


「これは……凄いな。これが強化された肉体ってやつか。『超人化』の異能が使える奴らってこんな気持ちだったのかな?」


「マスター。今までの会話からその『超人化』の異能とは自身の身体能力を強化する異能と考えていいですか?」


 自分の体を物珍しく見るサイにピオンが聞くと、青年は手を握ったり開いたりして自分の体の感覚を確かめながらホムンクルスの少女を見ずに答える。


「そうだよ。『超人化』の異能は色々な事に使える便利で人気のある異能で、俺もこの『超人化』の異能が欲しいと思っていたんだ」


「そうですか? 私はマスターの異空間創操能力……『倉庫』の異能の方がずっと便利だと思いますけど?」


「俺の『倉庫』の異能と『超人化』の異能、どっちが便利かは分からないけど、軍学校では戦闘に有利な『超人化』の異能の方が重宝されていたな。昨日話しただろ? 軍学校では戦闘に有利な異能が優遇されて俺みたいな戦闘に向かない異能は馬鹿にされるって?」


「……………ええ」


 サイの言葉にピオンは昨日、彼が軍学校時代にどんな学生生活を送っていたかを聞いて怒ったのを思い出し、固い声で返事をした。


「戦闘訓練の時はいつも『超人化』の異能とか戦闘系の異能の持ち主にボッコボコにされて馬鹿にされていたな……」


 軍学校では生徒同士で格闘技の試合を行う戦闘訓練があり、サイはその戦闘訓練では常に最下位の成績だった。


 サイの「倉庫」の異能は確かに便利ではあるが戦闘には全く向かない異能だ。その為「超人化」の異能を始めとする戦闘系の異能を持つ生徒との試合では為す術もなく敗北し、一度も勝てた事がない。


 どの試合でもほぼ一撃で倒されて、あまりの痛みに地面に倒れて気絶したり悶絶するサイを周りの生徒達が笑い者にするなどいつもの事であった。それどころか「この試合ではサイが何秒で負ける」かを賭ける生徒も大勢いた。


 幼馴染のアイリーンとも何度か試合をしたが、その度に彼女は「勝って当然」とう顔でサイを一切の手加減の無い一撃で倒し、試合が終わると倒れた彼を一瞥もせずに去って行った。


「あの頃は辛かったな……」


「……………」


 軍学校時代にあった戦闘訓練の記憶を遠い目をしながら話すサイの言葉をピオンは無言で聞いていた。


「ピオン? どうし………た……?」


 急に静かになったピオンを不思議に思ったサイは、そこでようやくホムンクルスの少女の方に顔を向けたのだが、彼女の顔を見て言葉を失った。


「…………………………」


 サイの話を聞いていたピオンは完全な無表情となっていた。元々作り物のように整っていた顔は、今では完全な仮面のように見えて、両目は限界まで開かれて瞳孔が開いていた。


 大岩の上に腰掛けたまま微動だにしないピオンからは異様な威圧感が感じられ、サイは彼女の体から何やら黒い炎が噴き出ている幻覚が見えた。


「……ター。………………に………しょう……」


 サイがピオンから感じる威圧感に思わず一歩後ずさると、ホムンクルスの少女は口を開いて何かを呟いた。


「え? 今何て言った?」


「マスター。ドランノーガに乗りましょう」


 サイが聞き直すとピオンは今度ははっきり聞こえる声で言い直し、仮面のような無表情で言葉を続ける。


「身体能力の再検査を終了です。次の訓練はドランノーガの操縦訓練です。手始めにそのアイリーンの小娘と軍学校の生徒共をブッコロシニイキマショウ。ダイジョウブデス。ドランノーガヲアルカセテフミツブスダケデスカラ、カンタンカンタン♪」


「ピオン!? ピオン! 落ち着け! 何だか途中から発音が変になっているぞ」


 仮面のような無表情のまま物騒極まり無い事を言い始めたピオンを慌てて止めるサイ。どうやら今の青年の戦闘訓練の話を聞いて、ホムンクルスの少女の怒りが一気に限界を超えてしまったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る