いつの間にか……

「それで訓練って何をやるんだ? ……ドランノーガの操縦の訓練か?」


 最後の台詞をどこか期待するように言うサイ。


 昨日はゴーレムトルーパーのドランノーガを手に入れてその操縦席に座ったがその時間はごく僅か。いよいよ憧れのゴーレムトルーパーを本格的に動かせるとなれば、期待が高まるのは無理がなかった。


 しかしそれに答えるピオンの言葉はサイの期待とは違っていた。


「いえ、違います。ドランノーガの操縦訓練もしますけど、その前にやることがあります」


「その前にやること?」


 ピオンの言葉に少し落胆しながらサイが聞くとホムンクルスの少女が頷く。


「はい。マスターにはドランノーガに乗ってもらう前にご自身の身体能力を再確認してほしいのです」


「俺の、身体能力?」


 何故今更そんなことを確認しないといけないのか、とサイが内心で首を傾げていると、ピオンは周囲を見回して近くにあった自分の背丈と同じくらいの大きさの大岩に目をつけた。


「これでいいでしょう。それではマスター、ちょっとこの岩を持ち上げてみてください」


「できるわけないだろ!?」


 何でもないように無茶な事を言うピオンにサイが大声を上げる。


 サイは実家の農作業と軍学校での訓練でそれなりの筋力をつけているが、それでも同年代と同じくらいしかなく、大岩を持ち上げるなんて不可能だ。そもそも彼でなくても普通の人間では一人で大岩を持ち上げる事はできず、できるとすれば自身の身体能力を強化する「超人化」の異能の持ち主ぐらいだろう。


 ちなみにサイの幼馴染であるアイリーンは強力な「超人化」の異能の持ち主で、それが両親を含めた周囲の人間が彼女に強く注意できず、彼女を増長させた原因の一つであった。


「大丈夫ですよ。今のマスターならこれぐらいの岩、なんて事もないですって。騙されたと思って試してみてください」


「今の俺ならってどういうことだよ? ……分かったよ」


 ピオンの言葉の真意がいまいち分からないサイだったが、とりあえず彼女の言葉に従うことにすると、大岩の側で腰を下ろし両手で大岩を掴んだ。


「それじゃあ………え?」


 自分ではこんな大岩を持ち上げるの無理だと証明して手早く終わらせようと考えていたサイは、両手に力を入れた瞬間、ある違和感を感じた。


 両手から大岩の重さが伝わってくる。しかしそれは途方もなく重くて決して持ち上げられないといった感じではなく、まるで作物を詰め込んだかごを掴んでいるように感じられた。


「何だ……? これならいけるか………っ!?」


 違和感に戸惑いながらもサイは両腕と両足に力を込めて大岩を持ち上げようとする。すると大岩はあっさりと持ち上がり、青年は自分でも信じられないといった表情となる。


「……あれ? これって……本当に?」


「おめでとうございます、マスター♪ だから言ったじゃないですか? マスターならこれぐらいの岩、なんて事もないですって」


 サイが呆然と自分が持ち上げている岩を見ていると頭上からピオンの声が聞こえてきた。見ればホムンクルスの少女はいつの間にかサイが持ち上げている大岩の上に腰掛けていた。


「ピオン? お前、いつの間に……って!?」


 大岩の上に腰掛けているピオンに話しかけようとしたサイは慌てて視線を横にそらした。今のピオンはサーシャが持っていたワンピースのような服を着ていて、今の体勢ではスカートの下が見えてしまいそうだったからだが彼女はそれを気にすることなく、自分の主人に笑いながら話しかける。


「あらあら♪ 別に見てくれてもいいんですよ? 私の体はマスターの所有物なのですから、マスターが望むのならいくらでも鑑賞されても私は気にしませんよ。……ほら? このように」


「止めろって!」


 幼さが残る顔に妖艶な笑みを浮かべてピオンは、サイが持ち上げている大岩の上で器用に立ち上がると自らスカートをまくりあげようとする。それを見てサイは思わず大声を上げて止めると、ホムンクルスの少女が落ちないようにゆっくりと大岩を地面に下ろし、慎重に視線を上げて彼女を見つめ説明を求めた。


「……それで? どうしてどうして俺はこんな大岩を持ち上げることができたんだ? 言っとくが俺は生まれながらの怪力とか『超人化』の異能なんて持っていないぞ?」


「『超人化』の異能? それが何なのかは分かりませんが、マスターは昨日ドランノーガの操縦席に座った時のことを覚えていますか? あの時、ドランノーガはマスターを操縦士として登録しただけでなく、マスターの体にナノマシン……小さい機械を送り込んでマスターの体を強化したのです」


「……あの時か」


 再び大岩の上に腰掛けたピオンに言われてサイは初めてドランノーガに乗った時のことを思い出す。


 ドランノーガの操縦席に座ったサイは、操縦席から生えてきた針に首元を刺され、その直後に眩暈を覚えた。恐らくはその時にピオンの言う「強化」が行われたのだろう。


「ドランノーガを始めとするゴーレムトルーパーの操縦は操縦士に強い負担をかけます。ゆっくりと歩かせるだけでも操縦席の中は強い振動が絶え間無く起こり、普通の人間ではそれだけで内臓をシェイクされて死んでしまうでしょう。走らせたり、戦闘などの激しい動きをさせたら尚更です。ですからゴーレムトルーパーは操縦士が登録するとまず最初に、操縦の負担に耐えられるよう操縦士の体を強化するのです」


「そうなのか……」


 ピオンの説明を受けたサイは思わず自分の手を見た。今まで見慣れていた自分の手が、今では別人のもののように見えた。


「はい。更にゴーレムトルーパーのナノマシンは操縦士の方を強化するだけでなく、長期間戦えるように成長因子を操作し、一定の年齢になったら歳をとらないようにしたり若返らせたりもできます。でも『不老』になっても『不死』になったわけじゃないのでそこは憶えておいてくださいね?」


「はいぃ!?」


 まさか自分が知らないうちに体を強化された挙句、不死ではないが不老の存在になった事を知らされてサイは驚きの声を上げた。

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