訓練開始
ピオンがサイの部屋で決意表明をしていた頃、夜の平原を一つの影が横切る。平原を横切るのは一匹の猪であったが、その猪は普通の猪ではなかった。
通常の猪の五倍はある巨体、真紅の色をした昆虫のような複眼、大きく裂けた口元から見える肉食の獣のような鋭い牙。
以上の特徴から分かるようにその猪は野生の猪ではなく猪の姿をしたモンスターであった。そのモンスターは昼間までは自分と同じ姿をしたモンスターの群れと行動を共にしていたのだが、足場が悪い箇所に足を取られて遅れてしまい、気がつけば群れからはぐれてしまったのだ。
猪の姿をしたモンスターが匂いを辿って群れの場所に辿り着いてもそこには群れの姿はなく、あるのは群れの血肉の匂いが染み込んだ大地があるだけだった。しばらくその場を探したが、やがて群れのモンスターはどこにもいないと判断したモンスターは単独で平原を移動する。
猪の姿をしたモンスターに明確な目的などない。ただ自分に、全てのモンスターに刻まれた本能に従ってより多くの生物を殺し、それを喰らうだけだ。
獲物を求めて猪の姿をしたモンスターは夜の平原をさ迷い行く。
X X X
朝、それも太陽が昇り始めて空もまだ暗い時間帯に、イーノ村から少し離れた草原にサイとピオンの二人はいた。
「さあ、訓練を開始しましょう! マスター!」
「……訓練?」
やる気に満ちた表情で言うピオンであるが、サイの方はやる気に欠ける……というか、非常に眠たそうな表情をしていた。
「いきなり起こしたかと思えばこんな所まで連れて来て……。一体何の訓練をするんだよ? ……くぁ」
欠伸を噛み殺しながら言うサイにピオンは少し不機嫌そうな目を向ける。
「もう! マスターってばまだ寝惚けているのですか? 昨日私とマスターで誓ったではないですか? 軍で出世をしてマスターを見下してきた軍学校の生徒達と、恩知らずで礼儀知らずおまけに性格も悪い万死に値するアイリーンとかいう小娘を見返してやろうって。その為の訓練です!」
「……あれは、お前が一人で勝手に言っていた気がするが?」
ピオンの言葉に少しずつ眠気が覚めてきたサイが半目になって呟く。あとホムンクルスの少女の中で、彼女はまだ一度も会っていない幼馴染の評価が最低であるのが感じられたが……気にしないことにした。
サイの呟きが耳に入っていないピオンは、恍惚の表情となってここではない何処かを見ながら口を開く。
「私には見えます……。出世して軍の大幹部になったマスターと、そんなマスターを目の前にして顔を青くしているアイリーンに軍学校の生徒達の姿が。マスターが軍学校時代に差別された話をするとアイリーン達が土下座でその時の愚行を謝罪して、それでもマスターは許さず『土下座程度で許されると思っているのか?』と言って土下座をしているアイリーンの頭を踏みつける。そんな未来を想像すると……ゾクゾクしますよね?」
「しないよ! 土下座までして謝罪する相手の頭を踏むとか、俺はどんな極悪人だよ!」
ピオンの口から聞かされた見返し……というかこれはもはや復讐と言える未来に思わず大声で否定する。
確かにサイだって軍学校時代に見下された事を悔しく思っているし、幼馴染のアイリーンの態度には慣れたものだとは言えやはり少し怒りを感じてはいる。だがそれでもピオンが言うような復讐は望んではいなかった。
「えー?」
復讐の未来を否定するサイに、ピオンは心から残念そうで、同時に何故復讐をしないのか理解できないといった表情を浮かべる。どうやらこのホムンクルスの少女は、献身的に主人に尽くすのと同時に、自分と自分の主人の敵は絶対に許さず苛烈に攻め立てる性格のようである。
「ああもう、ほら。訓練をするんだろ? さっさとやるぞ」
サイは話題を変えるべく訓練を始めるように言う。朝早く起こされた眠気はピオンとの刺激的すぎる会話のお陰で完全に消え去っていた。
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