ピオンの目標

 その日の夜、サイの家の夕食はいつもよりも豪勢であった。これは昨日、三年ぶりに王都から帰って来たサイを歓迎する為のものであり、献立も彼の好物ばかりである。


 しかし今晩の食卓の主役はサイではなかった。


「どうぞ、ピオンちゃん。遠慮せず食べてね。お腹すいているんでしょ?」


「そうだぞ。沢山食べなさい」


「ありがとうございます。マスターのお母様、お父様。それではいただきます。……んー♪ 物を食べるのって初めてですけど、食事って美味しいのですね♪」


「おー。ピオンさん、本当に美味しそうに食べるねー」


「……」


 サイの両親に勧められた食事を至福の表情で食べるピオンにサーシャが感心したように言い、そんな自分の家族とホムンクルスの少女をサイは無言で見ていた。


 最初にピオンを家に連れて来た時は家族全員に「彼女は一体誰だ?」とか「一体どこから連れて来た」とか「何で上着一枚しか着ていない? もしかして乱暴を働いたのか!?」とか聞かれたサイだったが、今ではお互いを受け入れているホムンクルスの少女と家族の姿に安心した。


「それにしてもあの倉庫の奥にピオンちゃんが眠っていたとは……」


 食事の途中でサイの父親が呟く。サイはピオンの事を説明する時に彼女がホムンクルスであることを事を初め、実家の倉庫が前文明の遺跡と繋がっている事や前文明の遺跡で起こった出来事等、全てを話していた。


「そうだねー。実家の倉庫の奥に前文明の遺跡があって? しかもそこでホムンクルスのピオンさんと伝説のゴーレムトルーパーを見つけた? まるで子供向けのお話みたいに都合のいい話だよねー」


 父親の呟きにサーシャが同意する。しかし彼女や両親の顔にはピオンが人間ではなくホムンクルスであったり、サイがゴーレムトルーパーの操縦士になった事に対する驚きが見られなかった。


「でもよかったじゃない。そのお陰でサイにピオンちゃんっていう可愛いお嫁さんが来てくれたんだし。本当、ピオンちゃんを遺してくれたお祖父さんには感謝しなくちゃね」


「そうだな」


「うんうん。私ー、お姉ちゃんが欲しかったからー、ピオンさんがお兄ちゃんのお嫁さんに来てくれて嬉しいなー」


 嬉しそうな顔をしたサイの母親の言葉にサイの父親とサーシャが頷く。どうやらこの家族の中では「ピオンはサイの所有物、つまりは嫁」という認識がすでにできているらしく、そちらの方がピオンがホムンクルスだったりサイがゴーレムトルーパーを手に入れた事よりも重要のようだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに俺はピオンのマスターになったけど、それと結婚とはまた別だろう?」


「そうですね。私はとっても、非常に嬉しいのですが、あまり急なことを言ってはマスターも困ってしまいます」


 家族の急な話にサイが思わず否定しようとすると、それにピオンも同意する。


「……え?」


 自分が知っているピオンだったらこの機に結婚を本気で迫ってくると思っていたサイは、意外に思って彼女を見る。するとホムンクルスの少女は自分の主人である青年を見つめ返して笑顔を浮かべる。


「結婚という大切な事はもっと時間をかけてじっくり決めるべきだと私は思います。……ね♪ マスターもそう思いますよね♪」


「………」


 言っている言葉だけなら自分の主人の意思を尊重しているように思われるピオンだが、そんな彼女の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでおり、それを見たサイは何とも言えない気持ちとなった。


 その後、ピオンを加えたサイ達家族は少々騒がしくも楽しい夕食をとり、食事が終わるとサイとピオンとサーシャの三人はサイの部屋で談笑をしていた。


 会話の内容は主にピオンが現代の一般常識やサイの思い出話をサイとサーシャに聞いて、二人がそれに答えるといった感じだったのだが、話の途中でピオンは突然怒声を上げた。


「はぁあっ!? 何ですかそれは!」


「……!? ど、どうしたんだ? ピオン?」


「何を怒っているのー?」


 いきなり怒り出したピオンにサイとサーシャは訳が分からないと首を傾げるのだが、それに対してホムンクルスの少女は我慢ができないといった表情で口を開く。


「どうしたんだ、じゃありませんよ! 何なんですか、その軍学校の生徒達は! 何なんですか、そのアイリーンとかいう女は! 私のマスターにそんな無礼な真似をして! 絶対に許せません!」


 ピオンの怒りの対象はここにはいないサイが通っていた軍学校の生徒達と幼馴染のアイリーンであった。話の話題がサイの軍学校の学校生活になり、彼が軍学校で幼馴染を含めた同級生達のほとんどから見下された話を聞いたホムンクルスの少女は怒りを抑える事ができなかった。


 当人であるサイはそれほど気にしてはいないのだがピオンは怒りが収まらないようで、俯いて自分の主人見下した者達へのありったけの怒りの言葉を呟くと、やがて顔を上げて口を開く。


「………マスター。私、目標ができました」


「目標?」


「はい! 私、ピオンは全力でマスターを支援し、マスターを軍で出世させてみせます! マスターの希少な異能に私の補助、そしてドランノーガの武力があれば短期間で大きく出世する事も難しくありません! マスターを軍で出世させてマスターを見下した者達を見返す! それが私の目標です!」


「お、おお……」


「おー」


 燃え上がるような真剣な表情で決意表明をするピオンにサイとサーシャは気圧されるように声を漏らす。


「そうと決まれば早速明日から頑張りましょう、マスター! 出世に出世を重ねて軍内にマスターと私の帝国を築き上げるのです!」


「お、おう……」


 明日から一体何を頑張るのかは分からないが、ピオンのあまりの気迫にサイはそう答える事しかできず、背後で妹が「んー? これは将来尻にしかれるかなー?」と呟いていたのだが聞こえなかった。

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