王都の二人

 フランメ王国の首都リードブルム。そこにあるとある建物の中を二人の女性が歩いていた。


 建物の中を歩く女性達は、二人とも十代後半くらいで青を基調とした軍服の様な服を着ており、更には服の上からでも分かるくらいスタイルがよいと幾つか共通点があったが、顔立ちの印象は正反対であった。


 二人の女性のうち前を歩く女性は、色素が薄くて銀色に見える金髪を腰まで垂らし、肌は健康的な小麦色に焼けており、大きな青色の瞳からは何か面白い事がないかを常に探している好奇心の光が見えた。


 そして後ろを歩く女性は、光を反射して輝く見事な金髪を短く切り揃え、肌はまるで雪のように白く、その瞳は余計な物を映さずただ目の前を歩く女性の背中だけを見ている。


 前を歩く女性が「動」だとすれば後ろを歩く女性は「静」。


 正反対の印象を持つ二人の女性がしばらく建物の中を歩いていると、前を歩く女性が歩きながら後ろの女性に振り向いた。


「ごめんね、アイリーン? わざわざついてきてもらって」


 声をかけられた後ろを歩く金髪の女性、アイリーンは小さく首を横に振って真面目な口調で答える。


「いえ、気にしないで下さい。クリスナーガ様の行くところでしたら、どこへでもついていきます」


 アイリーンの言葉に前を歩く銀色の髪の女性、クリスナーガは笑顔になって頷く。


「そう、ありがとう♪ まあ、この書類を理事長に渡すだけだからすぐに終わるって。それで面倒だった手続きを全て終了。私とアイリーンは来月からこの士官学校の生徒になれるってわけ」


 クリスナーガは手に持っていた書類の入った封筒をアイリーンに見せる。二人が今いるのはフランメ王国の未来の将官を育成する士官学校で、今日彼女達は入学に必要な書類を提出する為にここに来ていた。


「……あの、クリスナーガ様? 書類を提出するだけならご実家の使用人に任せればよろしかったのでは?」


 アイリーンが思っていた疑問を口にする。クリスナーガはフランメ王国の王弟の娘で家には何人もの使用人がおり、アイリーンが言うように書類の提出など使用人に任せてしまえばいいのだが、彼女は何かを考えるように視線をさ迷わせてから口を開いた。


「んー、それでもよかったんだけどね? せっかくだから一足先にここの下見をして、何か面白いものがないか探そうと思ったの。……迷惑だった?」


「い、いえ! そんな事はありません!」


 クリスナーガの言葉にアイリーンは慌てて答えると、その場で深く頭を下げた。


「クリスナーガ様のされる事に異論などありません。……それとこうして私の援助をして頂いて士官学校に通えるようにしてくれた事、本当にありがとうございます」


「はい。どういたしまして」


 頭を下げたまま言うアイリーンの言葉にクリスナーガは満足気に頷いて言う。


「でも、私も慈善で貴女を援助した訳じゃないからね? 私が貴女を援助したのは、将来貴女には私の専属の部下になってもらう為。そこは分かっているわね?」


「はい!」


 アイリーンは顔を上げて答える。クリスナーガの部下になることは援助を受ける時から聞いており、何より王族である彼女の部下になれるという話はこちらとしても願ってもいない事であった。


「うむ♪」


「……あの? クリスナーガ様はどうして私に声をかけてくれたのですか? 部下にするのなら……その、私よりも家柄が良くて腕が立つ者もいたのでは?」


 二度満足気に頷くクリスナーガに、アイリーンは以前より思っていた疑問を聞いてみた。


 アイリーンの実家であるクライド家は、祖父の代で没落する前はフランメ王国でも知らぬ者がいない程の名門であったが、その「没落した理由」もフランメ王国で知らぬ者がいない程有名であった。そのせいか彼女は、成績が優秀な上に強力な「超人化」の異能が使える事と、祖父から貴族の心構えを教え込まれたお陰で軍学校で見下されることはなかったが、自分から彼女に話しかけようとする者は生徒教師を含めて皆無だった。


 ちなみに同じ故郷から一緒に入学した辺境の男爵家の嫡男はアイリーンの方から無視している。


 とにかくそんなアイリーンに(サイを除いて)唯一声をかけてくれたのが王族のクリスナーガであり、彼女は将来自分の部下になるという条件で援助をしてくれてこうして士官学校にも通えるようになったのだった。


「アイリーンに声をかけた理由? それは貴女が同学年で一番『超人化』の異能が強かったのと……後は色々と『面白そう』だったからかな?」


「色々と面白そう……ですか?」


 クリスナーガの言葉にアイリーンが首を傾げる。


「そうそう。ああ、それと面白そうと言えばアイリーンの幼馴染の男爵家嫡男……確か名前はライ? いや、サイだっけ? 軍学校時代は色々あって顔も見れなかったけど、噂だけを聞くと彼も面白そうだったかな」


「サイ? ……ああ、『アレ』ですか」


 クリスナーガの口から一応は幼馴染であるサイの名前が出るのだが、アイリーンは本気で彼の事を忘れかけていたらしく反応が遅れてしまった。その表情からはサイに対する興味など一切感じられなかった。


「アイリーンはそのサイの事をよく知っているでしょう? どんな人なの?」


「一応は知っていますが……アレは特に見るところもない、ただ曾祖父の金で貴族の末席に加わった凡人です」


 アイリーンはサイの事を「アレ」呼ばわりした挙句に見所のない凡人だと断言する。


「そうなの?」


「はい。同郷のよしみで軍学校に誘ってみましたが、成績は平凡で戦闘訓練は最下位。クリスナーガ様が見てみる価値もありません」


 アイリーンがサイを誘ったのはそれが彼女の両親が軍学校への入学に出した条件で、それのお陰でサイの両親は彼だけでなく彼女の学費も肩代わりしたのだが、彼女は学費の肩代わりの事を知らなかった。以前両親が手紙でその事を書いていたのだが、幼馴染の予想通りアイリーンは両親の手紙などに全く目を通していなかったのだ。


 アイリーンの中でサイは「一応幼馴染になる貴族の肩書きだけは持つ平民で、何かの縁だと思って一緒に軍学校に連れていってあげたが、何の才能もなく自分を落胆させた劣等生」という評価になっている。


 もしこれをサイとアイリーンの両親……そしてピオンが知ったとしたら彼らがどのように思うかは想像に難くないだろう。


「それに軍人を目指す理由も『ゴーレムトルーパーに乗ってみたい』という子供みたいな者でしたし、あんなのが役に立つとは思えません」


 サイが子供の頃に言っていた夢を思い出したアイリーンがそれを言うとクリスナーガは面白そうに笑った。


「あははっ。男の子だったら一度はゴーレムトルーパーに乗ってみたいと思うんだし、それは仕方がないんじゃない? ……でももし新しいゴーレムトルーパーでも見つけてそれに乗ってみたら、アイリーンの家もすぐに再興できるかもね?」


「………クリスナーガ様。そんなあり得ない妄想はあまり言わないでください」


 クリスナーガが言うとアイリーンは面白くない冗談を聞いたと言う表情を浮かべて目をそらした。そしてこれは言いすぎたと思ったクリスナーガは謝罪の言葉を口にする。


「ああ、ゴメンゴメン。謝るからそんなに怒らないでよ」


「……いえ、気にしてません」


 アイリーンはそれだけを言うと口を閉ざして、それでこの会話は終了となった。


 確かにどこかの遺跡等から新しいゴーレムトルーパーを見つけてその操縦士にでもなれば、どの国も様々な好条件を出して迎え入れようとしてくれるだろう。没落した家を再興するのも可能だろうが、アイリーンはそんな都合の良い出来事なんて起きるはずがないと斬って捨てると忘れる事にした。






 アイリーンは知らない。


 辺境の地にある故郷に帰った幼馴染の青年の身に「そんな都合の良い出来事」が起きた事を。


 もし以前よりサイを気にかけていて共に故郷に帰っていれば、もしかしたら新しいゴーレムトルーパーを手に入れる、万が一の機会があった事を。

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