第6話 部室放棄の部活動

 レンくんに対する探偵行動でわたしと桜のみならず、研司に水輔と、探偵同好会全員が一致団結した。有事以外の時は各々自由にしていたわたしたちがこうも一致団結するなんて凄いことだと思う。個性も髪の長さもバラバラなわたしたちだからね。纏まっているのは偏差値くらいかな? ああ、もうひとつあったわ。視界の広さは大体同じだったわね、わたしたち。

 そんなバラバラだけど共通点も持ち合いしているわたしたちが今、レンくんの調査って目的で纏まったの。わたしと研司と水輔は第六の三銃士とか呼ばれてるけど、ほんとにこんな三銃士みたいな誓いを立てる日が来るなんて……ちょっと涙腺ウルって来ちゃって、なんだかどうしようもなく嬉しくってね。

 とまあ、そんなこんなでわたしたち探偵同好会の四人が盛り上がっていたところに――。

 テルルルル……誰かの携帯に着信きたれり。電話を取ったのは、レンくんだった。

「もしもし。ああ、そうだよ。今はクラスメイトに誘われて部室にいる。えっ、届いた? それは凄い。それは早い。それは嬉しい。わかった。すぐ戻る」

 そう言って携帯を切るレンくん。鞄のポケットに携帯を入れるとそのまますぐさま立ち上がり、わたしに目を合わせてこう言って来た。

「朝火、用事が入ったから今日は帰らせてほしい」

「今の電話ね。帰る必要ができたのね?」

「その通り。故郷の荷物が私のマンションに届くらしい。受け取りたいから帰るよ」

 そう言ってレンくんは椅子から立ち上がり、机の上の鞄を取って、部室を後にした。遠慮の欠片も無いその仕草、流れるような所作の見事さに、わたしたちは小さく開いた口を塞げない。呆気にとられるとはこういうことかと、人生で初めて実感した気さえした。

 でもレンくんが部室の外に出てドアが閉まった時、わたしは己を取り戻す。ドアが閉じた瞬間、わたしは三人に部長命令をかけたの。

「追うわよ、準備して!」

「アイアイ!」

 皆ガサゴソ身支度を整え、ついでに身なりもチェックしてから部室を飛び出す。鍵もかける。そして猛烈に下駄箱へとダッシュして上履きから登校靴に履き替えて飛び出す。前にも言ったと思うけど第六の玄関は階段の上二階にある。そこから開けた視野で探すと――まだいたわ、レンきゅん!

 白いシャツに黒のジーンズ姿――絶対見間違えない目標を確認するとわたしたちはその後をコソコソつける。気付かれないように。校門を抜けて、道に沿って。そしてある曲がり角でわたしは迂回する。このわたしの行動に後ろの桜、研司、水輔がわたしの背中や肩を叩いて訴えてくる。

「なにしてんだよ部長、レン行っちゃうぞ」

「いいのよ。みんな、お金用意して」

「お金、なぜだい?」

「ちょうど来たでしょ」

「来たって何がお姉様……って、バスぅ?」

 そう、バス。目と鼻の5m先にはバス停がありましたので。停まって客を降ろしているバスに近寄ると後ろの入口が開く。わたしたちは携帯のアプリマネーを翳して乗り込み、バスはドゥルルと発進する。後ろの座席にわたしと桜、最後列に研司と水輔が座ったあと、密談は始まる。

「どういうこった部長? このバスでどこへ行く?」

「レンくんをつけるのはわたしと桜が昨日もうやってるのよ。それさえレンくんはお見通しだった。同じことしてもお見通し。だから今日は先回りする」

「先回り……ああ、わかりましたお姉様! このバスで駅前に向かってその後乗り換えてレンさんのマンション手前に停まるバスに乗るんですね!」

「そーゆーこと。レンくんは歩きだったでしょ? バスの乗り継ぎでもこっちの方が断然早いわ。そして先回りしてレンくんをお出迎えするのよ」

「成る程、新しいですね」

「でしょ?」

 研司の褒め言葉にたぶんわたしはドヤ顔してたわね。これ閃いた時は心にドヤって言ったくらいだもん。先回りしてサプライズ。それさえレンくんには風を通して知られるかもしれないけど、新しいことには変わりない。それが大事なのだ。同じことの繰り返しなんてつまらない、退屈を嫌って最後の探偵にしてもらったくらいだもの。だから常に新しいことを、それを心掛けにプラスしてやっている、稗田朝火でございますってね。

 そんな感じで盛り上がったわたしたちはバスに揺られて駅前へ、そしてバスターミナルでレンくんのマンションの目の前に停まるバスに乗り換えて、車輪を回して転がりGOGO! 徒歩より早く、立つより楽に、ただし懐には優しくない一路迂回路先回りして、わたしたち探偵同好会はレンくんの住むマンションの前に到着した。いい物件の多い住宅地にレンくんが住んでいることを目の当たりにした研司と水輔は見上げた首を仰け反らせて、ちょっと畏まる。私服登校許可かついいマンションに住んでいる謎の留学生だもんね。そそるよね〜、きゅーぅ。

 昨日と同じ公園に待機してマンションではなく道の方に目を配り、いつでもカモンと待ち伏せる。昨日は二人今日は四人、随分賑やかになったもんだわ。

 ところがね。

「おい、来ねえぞ」

「在原センパイ黙っててください。探偵は根気がいるんです」

「それでも時間が経っている。もう日も暮れそうだ」

「レンくん……」

 随分待ってもレンくんが帰ってこないのだ。おかしい。焦燥感が不安を生み、不安が不満に化けたりする。水輔の発言はまさにそれね。

 わたしとしても焦りが募る。流石に今日も夜更けにただいまはできない。母さんから念を押されている、今日は19時30分までには家に帰らないといけないのだ。刻々と迫るタイムリミット、呼吸の早さと鼓動の早さがシンクロしなくなり、身体が落ち着かなくなっていく。あきらめるしかないのか――そこまで思った時だった。

 街に響くサイレンの音。救急車のお通りだった。このマンション宅地エリアには車は少なめなのでいとも簡単に救急車は通ることができる。なのだが……。

 一体全体どうしたことかしら、なんと救急車はわたしたちが張っていた公園の先、レンくんの住むマンションの前に横付けして停まったのだ。

「えっ、えっ? 救急患者が、レンさんのマンションにですか?」

「そうなのかもな……いや、違うぞおい!」

 突如水輔が声を荒げる。立ち上がって前に突き出て救急車の開いたドアを指差す。

「あの担架、もう人が載ってる。レンだよ!」

「は?」わたしは訳がわからず訊き返す。ただひとつ理解できることは抜群に目のいい水輔の目には救急車の中が見えているということなんだけど、その後、なんてった?


 レンくんが、担架に乗せられている――?


「レンくぅぅぅぅぅんっ!」

 茂みの上をジャンプして飛び越え、スカートを押さえて着陸、そこから急加速して救急車へと猛ダッシュする。後ろでガサゴソ言ってる桜たちに目もくれず、ただただレンくんの下へと駆けた。そして桜に追い抜かれるの。様式美と書いて「お約束」ってルビを振るあれね。

「レンさん! 大丈夫ですか!」

 桜がマンションの中に運ばれる担架iにいの一番にドッキングし、レンくんに語りかける。わたしは研司にも抜かれて三番目でした。

「君達、彼の――レンの知り合いか?」

 担架を運ばず、寄り添っていたドクターと思しき白衣の人物が話しかけてきた。わたしたちがそうですと頷くと、その人が事情を話してくれた。


 発作を起こしたらしいって。しかも外国の人であるレンくんの治療器具はレンくんのマンションにしかないからこうして救急車で運んで来たって。


 発作って何? 外国の治療器具が家にある?

 疑問は山ほど出てきたが、それ以上は語ってもらえなかった。担架の上で横になっているレンくんの容態が急変したのだ。今日は帰りなさい――そう医者に言われてわたしたちは呆然と立ちすくむ。足を止めたわたしたちを置いてくようにレンくんの担架はマンションの中へと消えていった。

「一体何が、どうなって……」

「お姉様――」

「駄目です部長、これは探偵の領分じゃない」

「ああ、おとなしく帰って祈るしかねえよ」

 研司と水輔の言葉が重くのしかかる。服が水を吸って、ズッシリ重力を増したみたいに。

 わたしたちはトボトボと帰路に着いた。慰めてくれるものなんて何も無い道を、冷たく冷えだした風に吹かれながら。

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レン、この世界最後の謎 心環一乃 @IWAI_project

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