第3話 バケモノタイジ 弐

3

こちらの笑顔に対して巡さんも笑顔であった。

先に笑顔を崩したら負けのスマイルバトルである。

しかし私はこのバトルに勝ったことはない、巡さんの圧がシンプルに怖い、今日も勝てなかった。

ので、一旦その場は解散し、帰宅したのは朝七時頃で朝のルーティンが始まる。

まずは走って行き来をしているので当然汗をかく。

朝の運動後のお風呂は最高だ、生き返る……。

その後は朝食を済ませ自室でニュースサイトやTwitterを見る、世の中で何があったのか、トレンドや事件、タイムリーな情報は貴重である。


最近のパソコンやスマホは便利なもので自動翻訳機能があるので海外のサイトも楽々に閲覧が出来て楽しい。でも原文で読みたいので英語を勉強中だ。


通常なら学校に行く支度を済ませて時間になれば学校に行くのだけど現在八月二日、夏休みなので約束の時間まで割と暇なのだ。

高校最後の夏に受験勉強をするでなく化け物退治に行くなんてビックリだよほんと。

数時間後、自宅付近から『ブォォォォン!』と爆音が鳴り響いた。

毎回自分が来たことを伝えるためにわざと音を大きくしているらしいが近所迷惑ってものを考えてほしい。

玄関を開けると怒号が響いた。


「巡!何度言えば分かる!近所迷惑だ!」

「あーえーっと、そうだっけ?メンゴメンゴ♡」

舌ペロ。

「……」

「お父さん、もう……諦めよう……」


怒号の主は多々良教会神父で私の義父、多々良豪。

私は父の背中にそっと手を添えて諦めるように諭した。

この人は全世界を舐め腐っているので怒らず合わせるのが正解である。


「んじゃまあ、お嬢さんお借りしてくぜ豪〜」

「……」

「心配しなくていいよ、お父さん。この人かなりヤバいけど強いから。知ってるでしょ?」

「……」

不服そうだがそれはそうとお父さんの表情が語っている。


「大丈夫大丈夫、この天才解明師サマがついてるんだぜ?ホコリ一つ被んねえよ」

「それは連れ回すお前の義務だ、もしコダマに怖い思いや傷をつけでもしたらお前を殴る」

スッと巡さんの眼前に拳を突き出すお父さん。

 少し遅れて巡さんはハッとした顔をしながら左のほっぺに手を当てる。

えっ……お父さん……?

怖っ……。

――

「お前のとーちゃんめんどくせーな、昔から変わんねーよ、あと怖い」

「確かに怖かったですね、まあでも筋さえ通せばいい人ですから……」

「んー、まっいっか!」

そんなこんなで終始笑っている巡さんと家から少し離れた森へと足を運んだ。


「ところでこの絵、随分古いものですよね、なんて妖怪なんですか?」

そのボロボロの紙切れには、牛のような、蜘蛛のような、鬼のような、羽虫のような、それはなんとも形容しがたい禍々しい姿で描かれていた。紙を歩きながら広げ、巡さんに問う。


「牛鬼。聞いたことないかい?牛の頭に鬼の体、西日本の妖怪で容姿は様々な説があるし、獰猛で、やべえ毒を吐いたり人を食い殺すのが趣味な困ったちゃんさ」


怖っ!!えっ、めっちゃ怖い!!

ていうかやっぱり妖怪退治なんだ今日、囮だもんね、そりゃそうだよね、帰りてえ……。

帰ってNetflix見ていたい。


仕事内容だろうとなんだろうと大した説明をしないのが巡さんだからって慣れてたけど純粋に殺意高めの化け物と戦う事を説明しないのはマズイでしょとは思うけど口にしたら面倒なのでまたにしておこう……。


「牛鬼...知らないですね、てか西日本って、ここ東ですよ?なんで西の妖怪が...」

「あー、別件で思い当たる節はあるんだよ、そっちは対応中。だけどまあこの街の霊的エネルギーが安定していないのは丁度一年前、コダマちゃんとの初めましてくらいからかな」

「あー……。なるほど」


最近妙な事に古今東西の妖怪や怪異がこの街に集まって来る状態が続いている、それらが確認される度に私が囮として駆り出されるわけで、そりゃもう迷惑しているのだ。

霊的エネルギーが安定しなくなったのは私が怪異と関わり始めた去年なんだろうなあとはぼんやりと考えていたから断らずこうしてついてきているのだけど、まさか当たりだったとは……。


しかし、しかしだよ?

つまり巡さんは私が拒否出来ないことを知った上で囮をさせているって事になる。

私が拒否出来ない事をいいことにやりたい放題やるなんてまさに鬼畜の所業だ、外道め、この人の方が妖怪よりよっぽど妖怪に近い。



「こらこら、鬼畜も外道も上等だが妖怪はいただけないぜ、一緒にするんじゃない」

「心が読めるんですか!?」

「あれ、当たった?大体こう思ってるだろうなーとは思ったけどまさかそこまで思ってたのかい!?」

「……」

「えっ……?ニコニコしてるだけじゃわかんないぜ……?」


――

静けさに満ちた初夏の夜は涼しい、辺りに該当も無く、明かりは懐中電灯のみなので天に輝く星々もバッチリ綺麗に見える。


「おっ、そろそろ情報通りの場所につくぜ」

「ここって――」

大分歩いたとは思ったけどまさか山の深部まで来てしまっていたとは驚きだ。


「牛鬼は海岸に現れ、人を襲う妖怪なんだけれど、なんだって森なんだろうねえ...やはり何かがおかしい」


そうだ、最近やけにこの街近辺には異変が頻繁に起きている。

てかさ、うわあ、嫌だなあ…この森、なんかいっぱい居るし。

「やっぱり寄ってくる、ねえ!」

私に群がってくる低級霊や妖怪を指で捌きながら巡さんは言った。


ひとしきり祓った後でため息をつく巡さんと私。

「ほんと、君の体質は手が掛かるね、ケアが大変さ」

「はぁ...申し訳ないです......てか連れてきたの巡さんじゃないですか!」


そんな事は知らんとばかりに「ははは!」と流されてしまった。

「あっ、待ってくださいよ、置いてかれたら私どうすりゃいいんですか!」

「まあ、非常用の式も仕込んであるし、多少の妖怪なら相手出来るから安心してればいいさ」


いつの間に!?

どこ!?

身体中を探ってもそれらしきものは無い。


「探したって見つからないよ、そういう風にしてある」

「ははあ、まあいいですけど、そろそろですか?空気がピリピリしてきて怖いんですけど」


進むにつれ空気が重くなり、木々がざわめき出した。

近い。めっちゃ近い。

こう見えて私はかなり霊感が強い、まあ今までの流れで気づかない人なんていないだろうけれどあえて自己申告させてもらう。


私は霊やら妖怪を引きつける能力を持っている。

私はこの能力を電源がオフに出来ないダイソンと呼んでいる。

だから囮にされるし、さっきだってよく分からないものにたかられていた。


「来てます来てます!真正面!!近い!!!怖い!!!!帰りたい!!!!!」

「はいはいOK、こっちは準備万端だ」


ドスン、と鈍い音と共に砂煙を上げ、その大きなシルエットが徐々にあらわになっていく。それは牛の頭に鬼の体、蜘蛛の足を持ち、昆虫の羽をも持つ巨大な妖怪だった。

巡さんが言った通りまさにそのまんまじゃん。

牛鬼は大きな叫び声と共に私に接近してくる。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!こっち来ないでえええ!!!!」


「下がってな」

そう言って巡さんが私の前に出るので全力で下がった。

こういう時だけは頼りになる人だ。

こういう時だけは、ね。


巡さんは息を整えると落ち着いたトーンで

「ミシャグジ――」

その声と共に無数の蛇が彼女に巻き付いていき、巫女装束に着替えさせる。

こう、バッと着替える感じ。

早着替え?みたいなもんなのかな?

毎回思うけど、どうなってるんだろう。


巡さんはその蛇になった右腕を前に突き出し、言った。


「さあ、裁いてやるよ、かかってきな……」


それからは早かった。

バトルの描写紹介なんて芸当、私には出来ないだけなのだけれど。試しにやってみようか、ガン!バン!ドン!...........。


もう二度とやりたくないですね。

ため息一つ。


「瞬殺ですね、相も変わらず」

「バトル描写なんていらないくらい早かっただろう?こう、ばっとばくっと一飲みさ、まあさすがにこれだけ大きいとしばらく力の供給はいらないかな」

「あ、吸収した怪異とかをエネルギーにするそういう系のシステムなんですね」

「もう1年の付き合いなのに知らなかったのかい?食った妖怪幽霊はミシャグジを呼び出す妖力になる」


まあ別に無くてもいいんだけどね、と付け足され、何事も無かったように巡さんは言った。

いやいいんかい。

バトル漫画によくある設定を期待していたのだけどちょっと残念。

まあなんとなく分かってはいた。なんとなくね。


「さあ、戦ったら疲れた!メシでも奢るからサイゼ行こーぜ」

「学生か」

「じゃあタピろっか」

「無理に女子高生に合わせに行かなくていいんですよ」

「インスタ映えだな」

「.....意味わかってます?」

「.....」

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