第19話
「きて……起きてください。直次さん!」
ゆさゆさと体を揺さぶられた俺が目を開けると、にこにこと笑う渚ちゃんがいて。
彼女は俺が起き上がった瞬間に、勢い良く抱きついた。
「今日、朝からアルバイトなんですよね。急いでご飯を食べないと遅れちゃいますよ?」
「あ……そうだった。ごめんね、渚ちゃん。ご飯の準備、させちゃって……」
「全然大丈夫ですよ。いつもお世話になっているので、これくらいのことは朝飯前です」
「あと……そろそろ、離れてもらえると」
「ダメです。もう少しだけ、直次さんエナジーを摂取させてください」
直次さんエナジーって何だよ。
そんな疑問が脳裏に浮かぶが、決して口にはしない。
……最近の渚ちゃんは毎日こんな感じだ。
家にいる時も、外にいる時も、俺にべったりで離れようとしない。
俺がバイトの時や、彼女が学校の時はやむを得ず離れるが、別れる前に必ず抱きついて、エナジーとやらを摂取する。
初めこそ、微笑ましく思っていたものの。
今となっては、少し……いや、かなり異常だと思い始めた。
「大好き、大好きです。直次さん。ずっと……私だけの直次さんでいてくださいね」
服に顔を埋めながら、俺に聞こえない声で何やらぼそぼそと呟いた後に、顔を上げた渚ちゃんの瞳は。
……ドロリと濁っていて。
底知れない何かを感じさせるから。
◇
◇
バイト終わり。
最寄りの喫煙ルームでタバコを吸っていると、誰かがこちらに近寄ってきた。
「直次先輩。タバコやめたと思っていたのに、また吸っちゃったんですね」
「……佐藤か」
にへらと笑う佐藤は当然と言わんばかりに、俺の隣に座る。
そして、懐からライターを取り出して、紙タバコに火をつけた。
因みに、銘柄はセブンスター。
俺と同じ銘柄のタバコだ。
「やっぱり、止めらんないですよねぇ。私も先輩のせいで、立派なヘビースモーカーになっちゃいましたよ。まだ二十歳なのに」
「人聞きの悪い事言うなよ。お前が勝手に吸い始めたんだろ。俺は一切、勧めてない」
「憧れの先輩が吸ってたら、影響されちゃうものなんですよ……女の子って生き物は」
目に見えて分かる冗談を口にした佐藤は、楽しげに煙を吐き出した。
……今思うと、彼女との付き合いは長い。
ガキの頃に知り合って、なんだかんだで関係が続いている。
中学の時の知り合いも、高校の時の知り合いも、自然と連絡が途絶えてしまったけれども……佐藤とだけは親しくしているのだ。
小学校も中学も高校も、フリーターになっても同じバイト先で働いているのだから、腐れ縁というものは恐ろしい。
「そう言えば、先輩。一つ、お願いしたいことがあるんですけど……いいですか?」
「お願い、とやらの内容にもよるな」
「簡潔に言うと、私の妹に野球を教えてあげて欲しいんですよね。月に二、三回……1時間程度でいいんで」
「妹? 弟じゃなくて?」
「はい、妹です。女の子なのに、甲子園を目指している凄い子なんですよ。でも、中学校の野球部には入れてもらえないらしくて」
なるほど。
大方、事情は把握した。
女子は甲子園に出れないのに甲子園を目指しているのか、なんて無粋な事は言わない。
生憎、俺はフリーターなので時間ならいくらでもあるし、頼みを断る理由はない。
そう考えた俺が了承しようとすると……不意に渚ちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。
何故かは、自分でも分からないが。
「ダメ、ですかね?」
「いや、いいよ。全然OK」
「助かります。立派な姉として、妹に救いの手を差し伸べたかったので!」
「……二十歳にもなって、定職についていないお前が立派な姉と呼べるのか?」
「ちょっと、先輩! それを言ったら、お終いでしょう! 同じフリーターとして!」
けらけらと笑いながら、二人揃ってタバコの火を消した俺達は喫煙ルームから出る。
すると、そこには。
「仕方ないから迎えに来てあげたわよ、お姉ちゃん……って、何でお姉ちゃんと変態ロリコン男が一緒にいるの!」
先日、渚ちゃんと俺が抱き合っている姿を目撃した少女。
佐藤の事をお姉ちゃんと呼ぶ少女が、俺を見て驚きの声を上げていて。
デジャブを感じたのと同時に、世間は狭いな……と思ったのだった。
近所に住むクールな少女が実はめちゃくちゃヤンデレだった件。 門崎タッタ @kadosakitta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。近所に住むクールな少女が実はめちゃくちゃヤンデレだった件。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます