第18話

「ちょ、ちょちょちょ! なにしてんのよ、あんたぁ!」


 路上で抱き合っている俺と渚ちゃんを見て、しばらくの間ボーッとしていた少女が俺達二人を指差しながら声を荒げる。


「直次さん、もう離していいですよ。我儘に付き合ってくれてありがとうございました」


 それを見た渚ちゃんはそう耳打ちする。

 ようやく渚ちゃんの許しを得た俺は彼女の体から手を離し、少女の方を向き直った。


「渚をどんな言葉でたぶらかしたのよ、この変態ロリコン男!」


 紛う事なき正論が心に突き刺さる。

 中学生ではない男が、女子中学生と抱き合っているのだから、非難されて当然。

 寧ろ、友達のことを思って、年上の男にくってかかる彼女は称賛されるべきだ。

 ……俺はどうすれば、良いのだろうか。

 今の状況が異常である事は間違いないため、何を言っても言い訳のようにしか聞こえないだろう。

 というか、言い訳しか言えない。

 渚ちゃんが望んだから抱きしめた、だなんて口が裂けても言えないのだから。


 しかし、後悔はしていない。

 俺は決めたのだ。

 もう恥も外聞も気にしない。


 俺は渚ちゃんの保護者として、彼女が望む役目を果たすと。


「大丈夫ですよ、直次さん。柚子ゆずちゃんの説得は私に任せて先に帰っていてください」


 ……なんて少しカッコつけたものの、打開策は思いつかない。

 俺は助け舟を求めて、隣に立っている渚ちゃんに目配せを送ると、彼女は朗らかな笑みを浮かべながら、そう告げた。


「いや、でもさ……」


「私を信じてください、直次さん」


 俺の言葉を遮った渚ちゃんの表情は自信に満ち溢れているように伺える。

 正直、今の渚ちゃんに説得を任せることに不安を覚えないと言えば嘘にはなる。

 なるけれども、依然として俺を睨み続けている少女が、不審者である俺の話をまともに聞いてくれるとは到底思えなくて。

 ……なにより、渚ちゃんは俺を信じてくれているのだ。

 それならば、俺も、彼女の事を信じよう。


「……うん、それじゃ、渚ちゃんに任せるよ。暗くなると危ないから、出来るだけ日が暮れる前に帰ってきてね」


「はい、分かりました。ちゃんと責任を持って私と直次さんの関係を説明しますから」


 結局、俺はその場に渚ちゃんと友人の少女をその場に残し、宿泊学習の荷物を持って先に帰宅する事を選んだのだった。
















「どんな感じであの子を説得したのか、教えてもらってもいいかな?」


「秘密です!」


 家に帰ってから妙にニコニコしている渚ちゃんに俺との関係をなんと説明したのか尋ねたが、一向に教えてくれる気配はない。


「そんな事よりも宿泊学習の話をしていいですか?」


「う、うん、いいよ」


 そう返すと、当たり前のように俺の膝にちょこんと座った渚ちゃんは楽しそうに宿泊学習の思い出を語り始めて。

 ……やはり、母親と遭遇したあの時から渚ちゃんは変わったと確信する。

 俺の顔色を常に伺っていた彼女は、我儘もいうようになったし、何より身体的な接触を積極的に行うようになったのだ。

 ……それが、良い変化なのか悪い変化なのか、今の俺にはまだ分からないが。

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