第17話
纏う雰囲気が一変した渚ちゃんの冷たく、虚な眼差しが、俺に突き刺さる。
「もしも、私の思い違いだったなら……はっきりとそう言ってください」
まるで、自動音声のような淡々とした声の調子で渚ちゃんは言葉を紡ぐ。
まさに異様としか言えない姿を目の当たりにしている俺。
けれども、不思議と恐怖心は抱かない。
寧ろ、俺の胸の中には、激しい既視感と共に彼女に対する親近感のような感情すら芽生えつつあった。
……今の渚ちゃんは、昔の俺と同じ。
と、感じているのだ。
「俺は、渚ちゃんの事を嫌ってなんかいないよ。好意だって持ってるさ」
「直次さんのその言葉、本当に信じても良いんですよね?」
真心を込めながらそう告げると、心なしか渚ちゃんの瞳に光が戻った気がした。
「俺はそんな嘘なんてつかないよ」
「……それじゃあ、行動で示してください」
まだ疑っている様子の渚ちゃんは、目線を俺の顔から逸らして、照れた表情を浮かべながら両手を大きく広げた。
渚ちゃんの行動が示す意図を察した俺は、周囲の様子を確認することなく、渚ちゃんの元に近づいて、抱擁を交わす。
「……っ!」
すると、俺に抱き締められた渚ちゃんが声にならない声を漏らした。
そして、俺は過去に渚ちゃんと気まずい雰囲気になった原因の事件。
同居を始めた翌日の朝に、寝ぼけた彼女が、俺を優作さんと勘違いして抱きついてしまった事件を不意に思い返す。
……自分が最も信頼している父親から離れて暮らしているという特殊な環境に置かれているため、渚ちゃんは寂しいのだろう。
彼女の悲惨な過去は知っていて、彼女が自身の父親の代わりとして、俺という存在を求めている事は、元母が襲来した時から承知していた筈なのに。
それなのに、俺は見栄や外聞を気にして突き刺すような態度を取ってしまった。
俺は優作さんから信頼された上で、渚ちゃんを預かっている保護者として、責任を果たさなければならないのに。
……今のままでは絶対に駄目だ。
俺は変わらなければならない。
そんな事を脳内で考えながら、渚ちゃんの表情を伺うと、彼女は心の底から安心したような表情を浮かべて、俺に華奢な体躯の全てを預けていた。
不覚にも、渚ちゃんの愛らしい表情を見た俺は、激しい胸の高鳴りを覚えてしまう。
……俺が今、感じている思いは渚ちゃんの保護者として、あってはならない感情だ。
落ち着いて深呼吸をする事で、心の中に生まれた不純な感情の昂りを必死に抑え込む。
「渚! 私を置いていくなんて酷いじゃない! ……って、えぇっ!!」
後方から渚ちゃんの友人らしき少女の驚きと困惑が入り混じった声が聞こえる。
突然現れた少女の声に反応して……俺は渚ちゃんの体から離れようと思ったが、その考えは直ぐに捨てた。
ここで抱擁を止めれば。
今度こそ、信頼を失うだろう。
そう確信した俺は抱擁する腕の力を込めながら、もう一度だけ俺の腕の中にある渚ちゃんの表情を一瞥する。
すると、渚ちゃんは歳に見合わないほどの
何となく、俺は恐怖を感じてしまった。
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