第16話
やけに長く感じた渚ちゃんの宿泊学習も終わりを告げる。
数日ぶりに会える事を嬉しく思う俺は、渚ちゃんが通う中学校に迎えに来ていた。
……生憎だが、俺は彼女を送迎できる車を持ってはいない。
だからといって、慣れない宿泊学習で疲弊していると予想される彼女が重い荷物を抱えて俺の住むアパートに帰宅するのを指を加えて待つわけにはいかなくて。
非常に微力ではあるが、彼女の荷物を俺が持つ事で負担を軽減したい。
そう考えた俺は中学校に足を運んだのだ。
「おっ、来た……それにしても、相変わらず外ではクールなんだな」
バスから降りた彼女は凛々しい表情を崩さずに、迷う事なく歩みを進める。
友達と話すこともなく、真っ先に家に帰ろうとしているのだ。
そんな渚ちゃんの存在に気づいた俺が手を振ると、彼女は一気に表情を明るくして俺の元に駆け寄ってきた。
「直次さん。わざわざ迎えに来てくれたんですね!」
嬉々とした声色でそう言った渚ちゃんが走った勢いに任せて俺の体に抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと渚ちゃん。周りの人が見てるから!」
渚ちゃんが俺の体に抱きついた瞬間に、自分の子供の迎えに来ていた保護者の方々の視線が一斉に突き刺さったのを感じる。
あらぬ疑いを……俺はロリコンなので、あらぬ疑いではないが。
ともかく、周囲の視線を感じた俺が渚ちゃんを引き剥がすと、彼女は頬を膨らませて、不機嫌そうにこちらをじっと見た。
今まで記述していなかったが、元母が襲来する事件が起きてから、渚ちゃんのスキンシップが増えていた。
それも、あからさまに。
勝手な憶測に過ぎないが、恐らく彼女はあの事件を経て、心を開いてくれたのだろう。
……とは言っても、歳の割には理知的な彼女が人目を気にすることなく、スキンシップを取る事は予測していなかったため、俺は率直に驚いている。
「そ、それじゃあ帰ろうか」
「……はい」
相変わらず、周囲から訝しむような視線を一身に受ける俺が焦った様子で渚ちゃんにそう言うと、不機嫌な態度を隠さない彼女が落胆した声で返事を返した。
◇
◇
宿泊学習の荷物を背負った俺と項垂れた様子を見せる渚ちゃんの間に重苦しい雰囲気が漂う。
その場の空気に著しい息苦しさを感じた俺は話題を振った。
「そ、そういえば。初めての宿泊学習はどうだった? 楽しかった?」
「……楽しかったですよ」
俯いた状態のまま俺の方を一切見る事なく淡々とした口調で返事をする渚ちゃん。
どうやら、会話を楽しむ気分ではないらしく、あっという間に沈黙してしまう。
……不味い。
このままでは同居し始めた時と同じ。
気まずい空気の状態で生活しなければならなくなる。
そんな状況は断固として是としない。
けれども、どうすればいいか分からない。
「……直次さん」
ひたすらに打開策を脳内で講じていると、突発的に服の袖を渚ちゃんに掴まれた。
「直次さんは私に……多少なりとも好意を持ってくれているんですよね?」
脈絡のない行動に言動に驚いた俺が恐る恐る彼女の表情を伺う。
すると、瞳から光沢が消えて焦点が合わずに虚ろになっている鋭い目。
ハイライトが消えた瞳で、俺の顔を凝視している渚ちゃんの姿があった。
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