第15話

 俺は今、両親の墓の前にいる。

 以前来たのがお盆時だった為、約一ヶ月ぶりだろうか。

 中々、自分から足を運ぶ気にはならないので切っ掛けがないとお墓参りなんてしない。


「今年でもう5年か。時が経つのは早いね」


 そう呟いた優作さんが両親の墓石に対して手を合わせる。

 今朝、優作さんが俺に電話をかけてきた理由。

 それは秋のお彼岸の時期に差し掛かったため、俺の両親の墓参りを共にする旨を伝える連絡をする為だった。


 ……正直、優作さんからお墓参りに誘ってくれるのは俺にとってありがたい。

 俺自身、事件から数年経過した今でも、両親に良い印象は持てていない。

 いや、正確に言うと母ではなく、親父の存在を俺は苦手としているのだ。


 俺が事件のショックからある程度立ち直った時に、優作さんから聞いた話によると、母は経営難の状態であった定食屋を畳もうとずっと父に打診していたらしい。

 しかし、料理人としてのプライドと家族への愛を天秤にかけられなかった父は強引な無理心中を行ったのだ。

 因みに、優作さんは俺の父とは幼い頃から親友と呼べる間柄だったらしい。

 父の唯一無二の親友という立場でありながら、父の凶行を未然に防げなかった事を、ずっと優作さんは後悔してくれている。

 親友とは言えど、責任なんてないのに。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」


「はい」


 勿論、既に渚ちゃんと元母の邂逅についての概要は伝えてある。

 俺の両親のお墓参りを終えた俺と優作さんは今後について話し合うため、手近にある喫茶店に向かったのだった。


 ◇












 ◇

 

「まさか渚にまで接触するなんて……」


 自分の記憶に残っている限りではあるが、出来るだけ詳しく元母と会った時の状況を説明すると、優作さんは表情を酷く曇らせた。

 ……こんな状況で言うのもなんだが、やはり優作さんは端正な顔立ちをしている。

 渚ちゃんの切れ長の目は優作さん譲りで、高く筋の通った鼻などは母親譲りなのだろうと推測した。

 それに加えて、顔が左右対称でパーツの配置が黄金比になっているため、年齢離れした美しさを渚ちゃんから感じるのだろう。


「僕達の問題に直次くんまで巻き込んでしまって本当にすまない…」


 優作さんが神妙な表情を浮かべて俺に頭を下げる。


「頭を上げてください。俺は全然迷惑じゃありませんよ。こんな事では返し切れないほどの恩が優作さんにはありますし!」


 無理心中を図った父に刺されて誰も信じる事が無くなった俺を精神的に支えてくれたのは他でもない優作さんだ。

 彼にとって全く得がないのに、様々な体験を俺にさせてくれた。

 おそらく、両親のなけなしの財産目当てで渋々俺を引き取った親戚にも邪魔者扱いされていた当時の俺は優作さんが居なければ本当の屑に成り下がっていただろう。


「優作さんが良ければですけど、俺は渚ちゃんをこれからも預かりますよ」


「君の好意に甘える形になってしまうけれど、渚を……いや、娘をこれからも宜しく頼むよ。僕の両親に預けることも考えたんだが、やはり周りの環境が著しく変化すると精神的に相当な負担がかかると思うし、何より……娘自身も、僕の両親より、直次くんを信頼してるみたいだしね」


 優作さんは本当に心苦しそうな声色で、俺に渚ちゃんのお守りの継続を依頼した。

 その言葉を聞いて渚ちゃんと共に過ごせる時間が増えた事を知った俺は、とてつもない安心感と幸福感を心から感じる。

 不謹慎である事は重々承知しているが。


 その後、俺と優作さんは近況報告も兼ねて他愛の無い雑談をして時間を潰した。


「こういう時に言うのも何だけど。君になら、娘を安心して任せる事ができるよ。君と渚さえ良ければ、結婚してしまっても構わないとさえ、思っているくらいにはね」


「ぶふッ!」


 優作さんの口から脈路もなく放たれる衝撃の言葉を耳にした俺は、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。


「じ、冗談ですよね? 俺と渚ちゃんの歳の差は……5歳ですよ」


「冗談じゃないさ。他人に対して中々心を開かない娘が君には親愛の情を向けている……親の贔屓目もかなり入っているが、娘はかなり端正な顔立ちをしているし、君にとっても悪い話では無いと思うよ」


「渚ちゃんが俺の事を信頼してると仮定しても、それはあくまで恋愛としての好意では無いと俺は思いますよ」


「うーん、そうかなぁ。僕はそうは思わないけど。正直、どこの誰かもわからない馬の骨よりかは昔から親交がある君の方が信頼して送り出せるし……それに娘には、今まで僕が鈍いせいで苦労を掛けた分、幸せになってほしいからね……」


「……まぁ、渚ちゃんと俺が付き合う付き合わない以前の問題として、俺の場合、早く定職を見つけないと話になりませんけどね」


「……ははっ、それもそうだ。違いない」


 少し重苦しい雰囲気が俺と優作さんの間に流れたため、フリーターである事を自虐して場を少し和ませて。

 その後、俺は優作さんと別れた。

 帰宅した俺は予定が空いているため、佐藤に対して誘いの連絡をLINEで伝える。

 すると、彼女から即座に返事が返ってきたため、彼女と幾多の飲み屋をはしごして長い夜を明かしたのだった。


 

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