第13話
何言ってんだ、俺。
この停滞した現状をとにかく打破したいという思いに駆られてとんでも無いことを勢いに任せて口走ってしまった。
突拍子の無い、としか形容できない言葉を耳にした元母はほんの一瞬だけ表情を強張らせた後に腹を抱えて笑い出す。
「…あはははッ! 何を言い出すかと思えば、あんたが渚の彼氏ですって? あんた、自分の顔を鏡で見たことある? 冗談もその冴えない顔だけにしなさいよ。あんた程度の男と渚が釣り合うわけないじゃない!」
俺と渚ちゃんの歳の差については言及しないのか……と、ツッコミを入れたいが、当然ながら、口にはできない。
以前として、俺の顔蒸気が噴き出ると錯覚するほどに赤く染まっている。
チラリと渚ちゃんの様子を伺う。
すると、彼女は何かを期待するような。
宝石のようにキラキラと輝いた目でじっくりと俺の顔を見ていた。
……原因は不明だが、少なくとも俺の発言に対して渚ちゃんは、
それならば。
確率の低い賭けである上に荒唐無稽で意味不明な作戦であるが、この状況下で俺が打てる手はたった一つだけ存在する。
「何がおかしいんですか。俺達二人の間にある真実の愛の前では顔の良し悪しとか全くもって関係ないです。そうだよね、渚ちゃん?」
「……はい! 私が直次さんを好きになったきっかけは顔ではなくて心ですから!」
「え…? は………?」
まさに、即興の演技。
なのにも関わらず、渚ちゃんは俺の意図を汲み取ってくれた。
先ほどの動揺した様子とは打って変わり、屈託のない笑顔を浮かべてそう力強く言い放ったのだ。
その言葉を耳にした元母はわかりやすく額に青筋を浮かべる。
「…嘘よ、嘘嘘! そんなの宝の持ち腐れよ! なんでこんな男なんかとッ!」
元母は笑みを崩して顔をぐしゃりと歪めながら怒りを
彼女のすっかり動揺した姿を見て俺は口元を緩める。
思考に淀みが生じている今がチャンスだ。
「そんなに疑うんだったら、ここで俺から優作さんに連絡して確認を取ってみますか?」
「ゔ……」
少々流れが強引な感じは否めない。
というか、元から何もかもがめちゃくちゃであるが、なんだなんだで上手く行った。
俺の提案に対して、元母が口を閉ざす。
やはり、というべきか。
形勢が逆転したことを確信した俺は心の中でガッツポーズをした。
「渚。貴方がお父さんの事を説得すれば、全てが円満に解決するのよ? もう一度だけ、お父さんと話す機会を私に頂戴」
と、元母は告げた。
この発言から察するに、元母は優作さんに何度も援助の申し出をしており、それがにべもなく断られたことが窺える。
そして、打つ手がなくなった元母はまず渚ちゃんの懐柔を目論んだのだろう。
元母が俺たちに対して声をかけた時に浮かべていた藁にもすがるような表情から推察すると、彼女にはもう優作さんしか頼れる人がいないと考えられる。
だからこそ、恥も外聞も捨てて吉川家に寄生しようとしているのだ。
……しかし、これらの考えに確証は無いため、憶測の域を出ない。
なので、優作さんに連絡を取るという手が通用するかどうかを判断するために揺さぶりをかける必要があったのだ。
そして、これは完全に偶然の産物だが、俺と渚ちゃんの交際発言が元母の何らかの地雷を踏んで動揺を誘った。
そこから、焦燥感を煽ることでこちらの都合が良いように会話を誘導させる事ができ、俺の推測が正しいものだと確信したのだ。
「どうします? 優作さんに連絡を取って仕舞えば、一発ですよ」
余裕そうに振る舞う俺がそう告げると、元母が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、キョロキョロと辺りを見渡す。
すると、近隣住民らしき人達が彼女を訝しむように見つめていた。
「……私は絶対に諦めないから」
元母は渚ちゃんに聞こえないぐらいの声の大きさで捨て台詞を吐く。
次いで、俺の顔を鋭い眼光で睨みつけた後に足早にその場を去っていった。
「皆さん、お騒がせして大変申し訳ございませんでした」
元母の後ろ姿を見送って一息ついた後に、俺達を凝視している近隣住民の皆さんに謝罪の言葉を述べる。
「帰ろう、渚ちゃん」
今日は、渚ちゃんに随分と情け無い姿ばかり見せてしまった。
……その上、元母襲来により精神的にダメージを負ったのではないか。
そんな不安が渦巻くが、それらは心の中で留めておいて。
精一杯の笑顔を浮かべながら、渚ちゃんに手を差し伸べた。
「…っぱ…大好……す…」
「え?」
「…何でもありません。早く帰りましょう、私達のお家に…」
渚ちゃんは俺が差し出した手をしっかりと掴む。
その時に何やら小声で何か呟いた気もしたが、勘違いだったのだろうか。
……取り敢えず、渚ちゃんが思ってたよりも元気そうなのが何よりで。
その手をしっかりと握り返すと、彼女が嬉しそうに口元を緩ませて微笑んだ。
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