第12話

 ……物心つく頃には自分が神に愛されて生まれた特別な存在だと既に自負していた。

 中学生の時は都内を歩いているだけで、ファッション雑誌のモデルにスカウトされる。

 高校生の時には在学していた同じ高校に通う男に絶えず好意を寄せてられて、彼氏が居なかった時期は一度も無い。


 私は完璧な人間。

 顔が整っている事に加えて聡明であった。

 指定校推薦で国立大学に進学した私は順風満帆なキャンパスライフを送り、学内でもトップクラスの人気がある男と交際して。

 かなり甘く評価した上で私とギリギリ釣り合うレベルだと判断したので、大学を卒業した後に結婚した。

 旦那が大手の企業で勤めている為、私は自宅でゆったりと過ごす事ができる。

 仕事もせずに、家事だけこなす。

 幸いにも、旦那の給料は高かったため、悠々自適な生活を送る事ができた。

 そのため、近所に住む主婦共の視線からは醜い嫉妬の感情が向けられる。

 それが、優越感となり……やはり、自分は特別な人間であると再認識する。


 私に勝てる女なんか居ない。

 自分こそ世界で一番美しい存在だ……と、生まれてから、ずっと思っていた。


 ……私が今でも、この世で最も憎いと感じているを産む時までは。



 ◇













 ◇


「渚、お母さんが全部悪かったわ。反省した……もう十分に反省したから、家族三人でもう一度やり直しましょう」


 渚ちゃんの元母親が悲痛な表情を浮かべ、懇願するように言葉を紡ぐ。

 ……どうやら、俺の存在は元母に認識されていないようだ。

 俺の後ろに隠れる渚ちゃんの様子を伺うと、激しく呼吸を乱してその場にうずくまるようにして頭を抱えていた。

 当然ながら、この状態は決して良いとは言えないだろう。


「渚。貴方がお父さんの事を説得すれば、全てが円満に解決するのよ? もう一度だけ、お父さんと話す機会を私に頂戴」


 渚ちゃんの精神状態などお構いなしと言わんばかりに、元母は端正な顔を歪めながら譫言うわごとを述べる。

 このまま、俺が行動を何も起こさ無ければ、渚ちゃんが精神的に追い詰められて、状況は只々悪化していくだけだろう。

 目の前にある問題の解決を試みずに、呆然と様子を伺って解決を時間に任せることの愚かさは俺自身が痛いほど経験している。


「ちょっと落ち着いて下さい。渚ちゃんは今、話し合いができる状態じゃない」


「何よ、あんた。これは家庭の問題なのよッ!部外者は引っ込んでてッ!」


 元母の静止を試みた俺は激昂した彼女の気迫に押されて呆気なく沈黙する。

 ヒステリックになってはいるけれども、彼女の言っていることは正論だ。

 彼女らにとって部外者である俺にこの状況で何が出来る?

 これは渚ちゃんと優作さん、そして元母の三人の問題だ。

 俺は一体、何と言って口を挟めばいい?


「……なにあれ?」


「なんか雰囲気が変だし、通報した方がいいのかしら」


 辺りの様子を伺うと、周囲の人々が訝しむ様な視線を俺達に浴びせていた。

 ……そうだ。

 このまま、この状況を停滞させたら、周囲の異変に勘付いた元母親が自主的に撤退するのではないだろうか。

 そうすれば、俺は余計な気苦労を背負うことなく平凡な生活に戻る事ができる。

 この場の正答は沈黙し続ける事だ。

 そうに違いない。

 この考えは身勝手な自己保身。

 渚ちゃんを救いたい気持ちを無視した矛盾したロジックを自分の中で即座に組み立てて、行動に移そうとする。


 ……すると、その場に蹲る渚ちゃんのか細く震えた声が微かに耳に届いた。


「誰か……。助けて……」


 その言葉を聞いた瞬間、今まで必死に動かしていた頭が真っ白になるのを感じて。

 空白になった俺の頭に……部外者が口出しできないのならば、無理にでも関係者になれば良いという考えが浮かんだ。


「……俺は部外者じゃない」


「は?じゃあ何だって言うの?」


 ……この時の俺は本当にどうかしていた。

 後先考えずに、感情に動かされるまま言葉を発して。

 正直、今でも後悔してはいる。

 でも……それでも、俺は彼女と共に日常を過ごした当事者として、唯の傍観者にはなりたく無かった。

 それは、気休めだとしても観覧車内で泣いていた彼女に「ずっと傍にいる」と誓ったという思いからか、過去の自分と今の渚ちゃんの立場を無意識に重ね合わせたからか……。

 将又はたまた、半ばヤケクソになった脳みそでは、考えが及ばなかったか……。

 どちらにせよ、一度出した言葉は引っ込める事ができない。

 その事を思い知ったのはこれよりも、後のことだった。


「俺は……俺はッ、渚ちゃんの彼氏だッ! だから部外者じゃあ無いッ!!」



 ……そう声高らかに叫ぶ。

 すると、その場に居る全ての人々が、唖然とする表情を浮かべたのだった。








 


 

 

 

 

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