第11話
近々、渚ちゃんの中学校で宿泊学習が行われるらしい。
それを聞いた俺はここら辺では一番の商業地に買い物に来ていた。
今朝の朝ご飯の礼として、買い物の荷物持ちを願い出た形で。
「直次さんと、お買い物だなんて……とても、楽しみです」
すると、彼女は嬉々とした様子で俺の提案を快く承諾してくれた。
それにしても、最近の彼女は以前と比較すると段違いに表情が豊かなように見える。
実際はどうか分からないが、俺に対して心を開いてくれたように感じるのだ。
「さっき寄ったホームセンターで宿泊学習で必要な物は全部買い終わりました」
渚ちゃんが宿泊学習のしおりをウエストポーチに仕舞いながら、こちらを振り向く。
その姿は……もう本当に可愛いとしか言いようがない。
彼女は現在、自分の家から持参してきた黒いブルゾンと白いパーカーなどを用いたモノトーンを基調とした服装をしている。
前掛けにしているやけに古びたウエストポーチからは年相応の幼さを感じさせるが、全体像からは何処か中学生離れしている大人びた雰囲気がしていて。
背伸びしているようには見えず、一端の成人女性のような落ち着きを感じさせる。
……渚ちゃんのファッションについて長々と語ったが、簡潔に纏めると、お洒落する渚ちゃんは物凄く可愛いと言うことだ。
その一言に尽きる。
「直次さん? ぼっーとしてますけど、何処か具合でも悪いんですか?」
渚ちゃんの姿に見惚れて一向に返事を返さないでいると、渚ちゃんは少し首を傾げながらおずおずと声をかける。
「あ…ああ、全然平気。……そうだ、せっかく来たんだから、何か欲しい物があったら遠慮せずに言ってね」
見惚れていたなんて気持ち悪い事は口が裂けても言えないので、違和感を与えないように適当に言葉を選んではぐらかす。
すると、俺の言葉を聞いた彼女がしばらく考え込んだ後に顔を赤らめ、
「あの……。欲しいものとかは無いんですけど…。直次さんが良ければ…その…」
言葉を紡ごうとする事に渚ちゃんの顔が更に赤く染まっていく。
しばらくの間、しどろもどろになりながらも、意を決した様子で俺の顔を見据えた。
「…今日一日だけでいいので、私とっ…手、手を繋いで歩いてくれませんか?」
思いもよらぬ提案に体が硬直する。
その瞬間、脳内に渚ちゃんは異性としての好意を俺に抱いているのでは無いか……という考えが浮かんだが、直ちに消した。
何故なら、渚ちゃんと同居し始めた翌日に、彼女は俺を
恐らく、彼女は幼い頃の虐待のトラウマから、その時の反動として中学生になった現在でも優作さんに甘えているのだろう。
しかし、母親の襲来により、優作さんと離れて生活する事になったため、父親がわりとして俺を欲しているに過ぎないのだ。
それならば、俺は……彼女が望んだ役割を忠実に果たすだけで良い。
くだらない妄想は捨てておく。
「……そのぐらいならお安い御用だよ!」
そう結論付けた俺は笑顔を心がけながら、手を伸ばす。
すると、渚ちゃんは俺の手を遠慮がちに取った。
彼女の口元には多少の照れが入った柔らかな笑みが
……その後、手を繋いだ事で渚ちゃんは口を開かなくなり、会話は生まれなかったが、二人で様々な店を回り非常に有意義な時間を共有できた。
……はずだった。
少なくとも彼女が俺達の前に姿を現すまでは。
「……渚?」
夕日が差し込む帰り道を歩く途中で、渚ちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声を聞いた彼女は手を繋いでいる俺にも伝わるほど体を震わせ始めた。
その異常な様子を確認した俺は、声の主がいる方向をゆっくりと振り向くと。
……そこには、かつて渚ちゃんの母親であった女性がいて。
すがるような顔つきで渚ちゃんの後ろ姿を凝視していたのだった。
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