第10話

 渚ちゃんと佐藤の初邂逅はつかいこうから数日。

 その後、特筆すべき出来事は起きず、平穏な毎日を二人で過ごしていた。


 眩しいくらいの太陽の光を感じて、俺は布団から起床する。

 渚ちゃんと同居する様になってから以前とは比べ物にならないほど、不健康だった俺の生活リズムは規則正しいものになった。

 睡眠の際に、時折悪夢にうなされて眠りが浅くなり、バイトがない日は昼間まで寝ていたことなど日常茶飯事だったが、彼女が家に来てから、そういった弊害は起きていない。

 バイト終わりに誰もいない家に帰宅する際に感じていた寂しさによるストレスも彼女と同居し始めてから無くなったため、タバコを吸う頻度も以前と比較すると格段に減った。

 そのため、以前まで恒常的こうじょうてきに感じていた倦怠感が無くなり、渚ちゃんのおかげで俺は健康的な生活送ることができている。


「あれ? なんだ、この音……」

 

 部屋の中を見渡すと渚ちゃんの姿が見えず、何やら台所から物音が聞こえてきた。

 ちらりと様子を伺うと、彼女が調理し終えた朝食の盛り付けをしていた。


「あっ、直次さん。おはようございます」


「渚ちゃん、それ……」


 俺は見ているだけで食欲をそそる色鮮やかな朝食を指差す。

 彼女が作ったものらしき料理は手間暇掛けて作られた事がすぐにわかった。


「見ての通り、朝食です。直次さんは自分のバイトがあるのにも関わらず、いつも私の食事を作ってくれているので……無断で冷蔵庫の中身を使ってしまってごめんなさい」


 彼女が申し訳なさそうな表情を浮かべて俺に謝罪する。


「いや、謝る必要なんかないよ。俺なんかのために………本当にありがとう。料理が冷める前に早く運んじゃおうか…」


 誰かに手料理を振る舞ってもらえるなんて肉親が死んだ時以来。

 本当に、約何年ぶりだろうか。

 そう思うと、胸の奥から熱い感情が湧き出してくるのを感じて。

 不意に涙が出てきてしまう。

 もうすぐ成人なのに、恥ずかしい事この上無い。

 涙を渚ちゃんに見せないように俺は背を向け、彼女が作った朝食を運ぶ。


「お口に合うかどうかはわかりませんが、どうぞ……」


 席に着くと、どこか緊張した面持ちを見せる渚ちゃんにそう促される。

 俺は、最初に主菜である鮭とキャベツの重ね蒸しに手を付けた。


「……美味い、すごい美味いよ」


 俺は率直な感想を口にする。

 俺が作る料理とは別ベクトルの美味しさ。

 控えめで優しい味付けによって、箸が止まらない。


「ふふふ。それなら、良かったです」


 ガツガツと食事を食べる俺の姿を見た渚ちゃんは、安堵する様に微笑んだ。

 そんな彼女を見た瞬間に、台所で感じた激情がふたたび溢れ出そうになる。

 その感情を抑えるために、俺は一口一口をしっかりと噛み締めるのだった。

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