第9話

「先輩、いつになったら飲みに連れてってくれるんですか?奢ってくれるって言う約束、し〜〜っかり私は覚えてますよ」


 コンビニでのバイト終わり。

 偶然シフトが被った佐藤に飲みの約束を掘り返される。


「今は知り合いの子供を預かっているから夜中に家から出られないって前から言ってるだろう。俺も奢る約束は忘れてないし、都合が付いたらまた後で誘うよ」


 佐藤の催促はこれで3回目だ。

 流石に煩わしく感じてきた俺は多少ぶっきらぼうに断りを入れる。


「ん〜。まぁ、先輩がそう言うなら信じますけど…」


 俺の態度を見て、それ以上の追求は悪手だと判断したのか、佐藤は思ってたより呆気なく引いた。  


「本当に悪いな。俺もお前と飲みに行きたくないわけじゃないって事だけは信じてくれ」


「別に疑ってませんよ。私自身、少ししつこい事は自覚してますし。その点においてはこちらこそ御免なさい。それより、小さなお客さんが先輩に用があるみたいですよ」


 俺が佐藤に軽く謝罪を入れると、彼女は笑顔を浮かべながら、特に気にしていないと言わんばかりに俺に対して詫びの言葉を返し、後方に目線を送った。

 すると、普段よりも表情が無表情に見える渚ちゃんが俺と佐藤の姿をじっと見据えているのが窺えた。


「もしかして、先輩のお子さんですか?」


「違ぇよ、馬鹿。俺はまだ18歳で……それよりも、渚ちゃん。そういえば今日は一緒に夕飯の買い物をする話をしてたよね。随分と待たせちゃったかな?」


「いえ、学校帰りでさっき来たばかりなので…。其方そちらの方は直次さんのお友達ですか?」

 

 佐藤とのやりとりに夢中になって、バイト帰りに渚ちゃんと今日の晩ご飯の買い物をする約束をすっかり失念していた。

 しかし、彼女は愚かな俺に対してフォローを入れた上で話を変えてくれた。

 なんて気遣いができる子なんだ……と表現が少し大袈裟だが、確かな感動を覚える。


「そうです。私がぼっちフリーター直次先輩の数少ない友人の一人の佐藤恭子です。渚ちゃん、よろしくね」


 茶化して場を和ませながら、佐藤は渚ちゃんに手を差し伸べて握手を求める。

 すると、渚ちゃんはほんの一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに笑顔を浮かべて佐藤の手を掴み、握手に応じた。


 まだ未成年とはいえど、端正な顔立ちをしている二人が握手をした後に会話する姿はなかなか絵になっている。

 惚けた面構えをする俺の服の裾が渚ちゃんによって引っ張られたことで俺の意識は元に戻った。


「直次さん。もう日が暮れる時間ですし、そろそろ買い物に行きましょう」


「ああ、そうしようか」


「それじゃあ、私も帰りますね……またね、渚ちゃん。あと先輩」


 会話を十分に楽しんだのか、佐藤は満足そうにその場を去っていく。

 相変わらず台風のような奴だ……と内心思いながらも、佐藤の後ろ姿に軽く手を振って別れの挨拶とした。


 次いで、隣に居る渚ちゃんを一瞥すると、彼女は頬を緩ませている。

 ……佐藤は比較的社交的な性格をしているので、人見知りする性格の渚ちゃんでも接し易かったのだろうか。


「ごめんごめん。少しぼーっとしてたよ。それじゃ俺達も行こうか」


「はい!」


 俺の言葉に彼女は屈託のない笑顔で返す。

 このまま、共に穏やかな日常を過ごすことができたらと俺は切に願うのであった。

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