第8話
突然の抱擁に困惑した俺は目尻に涙を浮かべる彼女に対して、どんな言葉を送れば良いのか、考える事さえできなかった。
そんな俺の動揺を察したのか、渚ちゃんは俺の服を力強く握る。
「……直次さんはお母さんみたいに、突然私の事を見捨てたりしませんよね…。これからもずっと私の側に居てくれますよね…」
渚ちゃんはか細く震えた声で俯いた状態のまま、言葉を噛み締めるように呟く。
もしかして、俺の起こした行動の中のどれかが、彼女の昔のトラウマのスイッチを踏み抜いたのだろうか。
俺のどの行動が原因なのか、心が読めるわけないので、予測することは不可能だが。
……渚ちゃんの姿が以前に俺の家で泣いていた時よりも、更に小さく感じる。
この状況で一つでも選択を誤ると、彼女は本当に壊れてしまうかもしれない。
何となく、そう感じた。
けれども、黙する訳にはいかないので……意を決した俺はゆっくりと口を開いた。
「大丈夫。渚ちゃんが望んでくれるのなら、俺は君の側にずっと居る。絶対に見捨てたりなんてしないよ」
顔から火が出ると形容できるほど、俺の顔が熱を浴びていくのを感じる。
言葉にできないほど恥ずかしいが、彼女の反応は決して悪いものでは無かった。
「本当の本当ですか?」
「本当の本当の本当だよ」
「本当の本当の本当の本当ですか?」
「本当の本当の本当の本当の本当だよ」
渚ちゃんとのやり取りで「本当」という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしつつあった。
俺の胸の中にいる彼女の嗚咽する声が止んで、微かな笑い声が聞こえてくる。
彼女が今、俯いているため表情は伺えないが、確かな手応えを俺は感じていた。
「…私と直次さんの一生の約束ですからね。……もしも、直次さんがこの約束を破ったらその時は…、…殺………まう………」
俯いた状態の彼女の言葉の途中で、ガコンという音が鳴り響く。
次いで、遊園地の職員の手により観覧車の扉が開かれて。
どうやら、観覧車が地上に着いたようだ。
彼女と交わした約束の話の前半部分は聞き取ることが出来たが、後半部分は聞き取ることが出来なかった。
「あの…渚ちゃ…」
「観覧車の中で突然取り乱して済みませんでした。直次さんから頂いたプレゼント、一生の宝物にしますね」
俺が後半部分を聞き出そうとすると、笑顔を浮かべる渚ちゃんは礼の言葉を告げて、露骨に遮られる。
話したく無いという意図を理解した俺はその後、観覧車内での話を掘り返すこともせずに渚ちゃんと共に帰路についた。
遊園地を一日中楽しんだ疲れからか、お互いの間に会話は生まれなかったが、不思議と遊園地に来る前の気まずい雰囲気は嘘の様に無くなっていた。
俺の隣を歩く渚ちゃんが浮かべるクールな表情も以前のぎこちないものから何処か自然なものへと戻っているように感じる。
車内に着くと、渚ちゃんは俺が彼女に送った贈り物の紙袋を抱えたまま、深い眠りに落ちてしまった。
彼女の穏やかな寝顔をバックミラーで一瞥すると自分の頬が綻ぶのを感じる。
俺自身も彼女と過ごした遊園地の時間に対して、確かな充足感を感じながら帰路についたのだった。
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