第2話


 ……俺が今よりずっと幼い頃、コックになる事を夢見ていた。


「パパ!僕の作ったハンバーグ美味しい?」


「ああ、美味いぞ!直次!きっと将来は俺を超えるコックさんになれるぞ!」


 俺が作ったハンバーグを食べる父は俺の頭を撫でながら笑顔でそう言った。


 俺は父を尊敬していた。

 母親と共に定食屋を開業し、切り盛りしている父の姿はまだ幼い俺の憧れだった。

 しかし、親は幼い子供に現実を隠し、夢を見させるもの。

 

 父が笑顔でハンバーグを頬張る姿を、無邪気に眺めていた俺は。

 両親が経営している定食屋が経営難に陥っている事など、想像もしていなかったのだ。


 

 ◇













 ◇


 「……クソッ!こんな朝っぱらから、嫌な夢見ちまったッ」

  

 ベットから起き上がった俺は一人で悪態をつく。

 夢見が悪いため、どうしても不快感を拭えない。

 苛立ちながらも俺はテーブルの上にあるタバコを持って部屋のベランダに出て。

 タバコを口に加えて、火をつける。

 ……タバコが体に害をもたらす事は十分理解している。

 だが、それでも、止める事は出来ない。

 俺はタバコに精神的に依存しているのだ。

 嫌な事も、将来の不安も、タバコを吸えば、忘れる事ができる。

 辛い現実から目を背けて、快楽物質にのめり込む事ができるため、俺にとって、タバコと酒は必要不可欠な物なのだ。

 ……自分でもつくづく駄目な人間だと実感しているが。

 

 そんな事を考えながら、スマホで時計を見ると、既にコンビニのバイトの出勤時間の30分前に差し掛かっていた。


「面倒臭いが、そろそろ行くか…」


 多少の倦怠感を体に抱えながらも、重い腰を上げた俺は部屋の施錠をした後に自分のバイト先のコンビニに向かった。


 



 …バイトが終わり帰宅しようとすると、おもむろに肩を叩かれる。


「先輩、今日二人で飲み行きません?」


 俺に飲みの誘いをしたスーツ姿の女性はバイト先の後輩である佐藤恭子さとうきょうこだった。

 佐藤は俺と同じ無職ではあるが、俺とは違い働く意欲はある様で、日々の就職活動を頑張っているフリーターだ。

 今日は面接があると耳にしていたが、表情を見るに、手応えがなかったのだろう。

 彼女は見るからに落ち込んでいる。


「悪い。この後、着払いの配達物が家に来るんだよ。だから、今日は一緒に飲めない。また後で誘ってくれ」


 佐藤の誘いを断ることに罪悪感もあるが、今日は俺が毎月楽しみにしているが届く日。

 気落ちしている佐藤には悪いが、丁重に断らせてもらうことにした。


「はぁ〜、私は配達物以下の存在ですか…」


 佐藤はため息をつき、顔を俯けながらそう告げる。

 ……これは、俺が飲みを断った際に発生する鉄板の仕草だ。


「分かったよ!次に飲みに行くときは俺の奢りでいいから!」


「……やったぁ!言質は取りましたからね!絶対に忘れないでくださいよ!」


 半ば呆れながらそう言い放つと、佐藤はさっきまでの落ち込み様が嘘の様に、声色を明るくする。

 そして、そのまま、軽快な足取りでその場を後にした。


 ……少々財布に痛手を負うことになったが、今はそれどころでは無い。

 俺も直ぐに自分のアパートに向かった。



  ◇










  ◇



 届いた配達物の包装を破り捨てて、その中からを取り出す。


 俺がさっきからぼかしているの正体は毎月21日に発売される、俺にとって辛い毎日を必死に生きる理由の一つと言っても過言では無い雑誌[comicL○]だった。

 恐らく、俺と同じく肩身の狭い思いをする全国の同志諸君ロリコンにとっての救いであり聖書の様なものだろう。


 早速、中身を拝見しようとすると、俺の部屋のインターホンが突然鳴る。


「んだよ、これからお楽しみって時に…」


 時計を見ると既に午後の10時に差し掛かる時間だった。

 至福の時間を害された俺は不快感を露わにしながら、部屋の扉を開ける。


 ……すると、そこには、大粒の涙を浮かべ、両手一杯の手荷物を抱えて縋り付く様に俺の顔を見つめる渚ちゃんの姿があった。

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