その4


 買い出しから戻ってくると、テーブルの脇で大平さんが寝そべっていた。

 座布団を枕にして仰向けになっているが、その顔が真っ赤だ。いつもよりペース早かったもんなぁ……。

 元が長身でひょろっとした体型に、今日はTシャツとブラックデニムの細いパンツを穿いているので、やたら細長く見える。中国拳法を習っていると言っていたから体力があるかと思ったが、そんなことはなく。見た目通りもやしな人だった。以前、五人で山歩きをしたときなんかは、雨宮より先に音を上げていたほどだ。

 遠藤さんと八雲はベランダに出ているようで、時折話し声が聞こえる。

 五人揃って何かする機会はこの先ないかもしれない。そう思うと、やっぱりちょっと寂しい。

 もう一杯飲みたい気分だ。『青日』は——、彼らと一緒に外に運び込まれてしまったか。


「どうも。いい酒飲んでますか?」


「買い出しご苦労さん」


「はい、どーも。ていうか、悪かったね。私らでほとんど食べちゃって」


 八雲は残業の疲れも感じさせず、いつもの調子だ。


「悪いな。お目当ては『青日』だろう? 俺達で結構開けちまった」


 この二人は意外と波長が合う。とりわけ遠藤さんが八雲を高く買っていた。


「雨宮がおつまみ用意してるし、中戻ってこない?」


「もう少しコイツと話がしたいから、先戻っててもいいぞ」


「じゃあ私にも下さいよ」


 お猪口に『青日』を注いでもらう。

 八雲と遠藤さん、私の三人でベランダから街並みを眺める。マンションの高層階だけあって、小さなこの街を一望できる。


「こいつが事務所探しとか手伝ってくれたんだよ。かなり助かった」


「大したことはしてないですって」


 私はぽつりと、気になっていたことを問いかける。


「遠藤さん、先月旅行した?」


「——ん、そんなこともあったな。それがどうかした?」


「いや、何でもないっす。まだ日焼け跡がばっちり残ってるし、どっかいったのかなーと思って」


 戻ってくると、ご機嫌が回復したらしい雨宮が手を振ってきた。

 雨宮特製のおつまみを食べつつ、残りの酒を消費しているうちに、大平さんも復活した。

 途中ハラハラする場面もあったが、遠藤さんの送別会は晴れて解散となった。


   *

   *

   *


 お盆休みに帰省した際、偶然にも幼馴染の早川と再会した。もう先月のことだ。


「和希! 久しぶりね」


 半年ぶりに会った早川は、森で出会った妖精のように緑色の髪をしていた。そして隣には赤い髪をした、これまた森のドワーフでも連想させるような背の低い男性が立っていた。場所は近所のコンビニの前。


「なんだっけ、流行の。——森ガール?」


「んなわけないじゃん」


 幼馴染は遠慮なく私を眺め回して、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「ふん、和希は相変わらず真面目くんしてるんだねぇ。昔はこっち側だったのに」


 早川と私は高校一年生のとき、地元の不良グループに属していた。

 その頃から既に札付きの悪い子だった早川に誘われたのが発端だ。受験のストレスから解放された緩みもあったかもしれない。とにかく、ちょっとだけやんちゃしたい気分だったのだ。


「たかが一年ぽっちの話。血みどろの三角関係でグループ解体させた誰かさんには敵いませんよ」


 女子同士の殴り合いなんて、そうそう見れたもんじゃないし、二度と見たくない。三角の一角である早川がきわめて不服そうに反論してきた。


「半分は和希のせいっしょ。追い出したアタシが言うんだから間違いない」


 当時の私は不運にも三角形の全員から恋愛相談を受け、その全員に真面目にアドバイスをしたのだった。そんなことをしていたらいつの間にか、三人ともが私を好きになり。結果、拗れに拗れた関係への責任をなすり付けられ、グループを追放された。それを私のせいと言われれば、——今にして思えば反論もできない。


「そっちは彼氏?」


「いや、仕事の後輩。トオル君ってゆーの」


「うっす」


 トオル君はぺこりと頭を下げる。愛想は悪いが、礼節があるだけ早川よりましかもしれない。ぜひとも早川を教育して差し上げてほしい。言外にそんな意味を込めて。


「よろしく」


 と、私も頭を下げた。


「ていうか、早川が仕事してることに驚きだわ」


「は? 喧嘩売ってんの?」


「だから、そんな怖い顔しない。高校卒業してから連絡取れなかったし、心配してたんだよ。————ちゃんとやってたみたいね、えらいえらい」


 妖精の髪から手を離すと、枝も葉っぱも付いてなかった。触れた手が緑色になることもなかった。


「————ふーん。そーいうところも変わってないんだ」


 早川がぬるい半眼で睨んでくる。


「その調子だと、まだトラブルに首突っ込んでく性格は変わってないか」


 ——いやいや、同居人がどーもね……。


 図星を刺された私は頬を掻くしかない。


「間女になるんじゃないよ」


「失敬な。何年も誰とも付き合ってないし」


 言ってて悲しくなってきた。


「和希さ。ちゃんと断ることを覚えな。今は良くても、近いうちに恨まれるよ」


 いつか私から雨宮に言ったことを、そっくり言われてしまう。よりにもよってこいつに。早川のくせに生意気な。


「あ、そうそう」


「——アタシ、来年結婚するんだ」


「——————まじ?」


「なに、その顔。やっぱ喧嘩売ってる?」


「売ってないって。祝福するよ」


「まあいいわ。今度招待状を出すから、絶対来なさいよ」




 雨宮と早川は似ている。

 彼女達の周りでは、必ず男女のトラブルが付き物という点で。あと、一人称の発音が似ている。どうでもいいけど。

 早川は質が悪い。運が悪く幼馴染なものだから、よく知っている。

 その恋愛が自分や相手、ひいてはその周囲の人達にどういう被害をもたらすのか、承知の上でやっているんだから。


 雨宮はどうなんだろうか。そーいえば、あいつが自分から誘ったのって、八雲だけだよね。あとは皆、相手から告白されてる。


   *

   *

   *


 雨宮は自他共に認める乙女ゲーマーである。デートとスパと仕事がない日は、一日中スマートフォンに向かっていることも珍しくない。

 そんな彼女に教えてもらったことの一つに、ハーレムエンドというものがある。

 本来であれば恋人になれるキャラクターは一人。しかし、ハーレムエンドなるものでは、全員と結ばれることが可能というのだ。


 ——もしかして、雨宮の求める世界って……。


 「ゲームの中の話だよ」と笑う彼女の隣で、密かに戦慄していたのだった。




   ***続く***

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