その2


 雨宮とルームシェアを始めたのは、二年前の四月に遡る。

 地方のとあるウェブデザインを手掛ける事務所に、私たちは揃って入社した。社員数十名の、そこそこ中堅の会社である。

 地元採用枠とかでそれなりに好条件だった。将来の希望があるわけでもないし、流れ作業のように経済学部を卒業した私だ。総務部への採用通知を貰ったときも、大して迷うことなく就職を決めた。

 入社前の説明会で、初めて同期が五人であることを知った。その中に同じ大学に在籍している八雲秀一がいることも。彼とは何度か同じ講座を取ったので、お互い顔と名前くらいは一致していた。挨拶程度に二、三言会話したが、相変わらず無愛想だった。もうちょっと人当たりが良ければもてそうなのにと思ったものだ。

 雨宮佐百合と出会ったのもそのときである。

 第一印象は、話しやすそうな人だった。同い年だし、偶然にも同郷だったこともあるが、性別も年齢も関係なく、誰にでも気配りが利いているところが気に入った。ルックスは女の私から見ても文句なしに可愛い。そんな彼女は、男性陣からの受けも良かった。


「ねえねえ、晴海さん」


 彼女が遠慮がちにその提案を持ちかけてきたのは、説明会の後。同期だけで親睦を深めようと、声をかけて集まった飲み会の席でのことだ。

 折しも、東京に事務所を構えた最初の年。本社に人を残しつつ、東京の支社に人材を送り込む。そのために例年より多めの採用となったらしい。そんなわけで、私たち同期組は全員、入社する前から東京勤務が確定していた。

 その頃の私は実家暮らしだったので、人生初の一人暮らしをすることに不安がなかったといえば、嘘になる。時期はもう三月上旬の頃。早いうちに住処を決めなきゃいけなかったし、焦っていたんだと思う。

 私は雨宮の提案に二つ返事で乗っかった。


 気立てが良くて、料理が得意。虫が苦手。頭の回転が早く、言いたいことはずばっと言うが、その人当たりの良さのためか敵はほとんど作らない。職場での評価も良好だ。

 猫っ被りな部分を知っている私としては、素直に同意するのは悩ましいところ。でも、多かれ少なかれ人はそんなもんかもしれない。

 彼女とのルームメイト歴もそろそろ二年半。そろそろ『親友』と呼べる付き合いになったと思う。はっきり言葉にしたことがないから、向こうがどう思っているか分からないけど。多少なりとも肩肘を張らなくていい間柄ではあると信じたい。そうでなければ、さっさとルームシェアを解消してるはずだし。

 そんなザ・女子力の雨宮であるが、一つだけ致命的すぎる欠点がある。本人がそう認識しているかは置いといて。少なくとも私は問題だと思っているし、非常に迷惑を被っている。


   *

   *

   *


「まじ? 遠藤さん、大阪行くんだ」


 酒も進み、ひとしきり近況やら仕事の愚痴やらを吐き出した頃合い。予告通り質問大会が始まって、『ぶっちゃけ、これから遠藤さんはどうするの』が話題になった。


「そうだよ。向こうの知り合いと事務所を立ち上げるんだ」


「仕事って同じなんすか? デザイン関係?」


 大平さんが尋ねる。


「当たり前だろ。俺は一生デザイナーで食っていくって決めてるんだから」


 遠藤さんは中途採用組で、新卒の私より七つ年上のウェブデザイナーである。自分はこうしたいという確固たる仕事像を持っていて、日頃からよく、デザイン部の部長とぶつかっていた。飲み会などでも今の部署への不満を度々口にしていたので、辞表を目にしたとき、私は「ああ、やっぱり」なんて思った。


「ホントに出てっちゃうんだ。うちの部署、寂しくなるなぁ」


 遠藤さんと同じデザイン部に所属する雨宮は、残念だかそうでないんだかよく分からない口調で呟いた。

 事務所内は部署毎にパーティションで区切られてはいるが、広いワンフロアに全社員が詰めている。なので、デザイン部からの怒鳴り声は筒抜けだった。


「それは確かに。遠藤さんと菅田部長の言い合いはウチの名物だったもんね」


 私が茶化すと、大平さんがけらけら笑って同意する。こちらはだいぶ酒が進んでいるらしい。遠藤さんは「勝手に名物にするな」と鋭く突っ込んできた。


「……それに、仕事は雨宮のほうができるじゃないか。俺が抜けても大して変わりゃしないよ」


 うってかわって低い声。遠藤さんは早口でそう言うと、お猪口に半分くらい残った酒をぐいっと呷った。


 ふと違和感を覚える。

 なんとなく、遠藤さんが辞める理由には、語られていない部分がある気がした。きっとそこには、雨宮が関係しているのじゃないか、とも。


 ——またかい……。


 この二年間半で何回あったことか。少なくとも今年に入って三回目だ。ちょっとハイペース過ぎやしませんかね、雨宮さん。

 今日何度目か——、私は眉間を抑える。


 そのとき玄関のチャイムが鳴る。ようやく来た。

 私は藁にでも縋るような心持ちで、五人目の同期を迎えにいった。




   ***続く***

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