兄妹談議 #2


   ***日和***




 薄雲がかかっていて満天の——とはいかないまでも、見上げた夜空には、半月と金星が輝いていた。そこに火花の星が丸く広がる。向日葵色から緑色へ。しだれ柳が私たち目がけてゆるゆると下りてくる。遅れて腹を揺らすような重低音。


 見回せば他の六人——睦月夫妻とアタシたち——とも、一様に空を見上げている。


「たーまやーっ!」


「ふふ。ヒワさんってば幼子みたいですよ」


「お祭りだもん。子供にも帰るってものですよぅ」


「私はヒワちゃんの周りの人口密度が気になるわ。何、ハーレム?」


「えへん。羨ましいですか?」


「いや、全然」


 アタシは広いレジャーシートの上にごろんと寝そべって、しーちゃんの膝枕を堪能している。しかも、ゆっちゃんと珠ちゃんに挟まれるように位置取り、二人の手に自分の手を重ねている。

 初香さんと睦月夫妻は少し離れたところに座っている。


 病み上がりのいちかちゃんは体調を崩してしまったようで、萌黄くんが連れて帰ってくれたそうだ。二人がこの場にいないのは残念だけれど、その分まで目に焼き付けて、お土産話を持って帰ろう。

 その連絡をくれた凛咲りんは、これから行っても間に合わないだろうからと、壱月亭で待っているらしい。あそこからだったら、花火を見られるかもしれない。でも、花火というものは、一人で眺めるにはあまりに儚い。まして感受性の高い彼女のこと。心細い思いをしているだろうから、後で初香さんを焚きつけて喧騒の中に迎え入れてあげよう。


 ゆっちゃんの身体を間近に感じた背中には、まだ柔らかい感触が残っている。




   *

   *

   *




 ——アタシは女の子が好きだ。

 それを知ったのは小学生の早くの頃だった。


 好きというのはもちろん恋愛対象としての意味である。

 当然ながら世間一般の恋愛観について無知ではなかった。友達との話題作りのために流行の少女漫画は一通り読んでいたし、ママが好きなドラマを一緒に観たりしていたから。でも、物語の中の女の子は何故か男の子に恋をして、悩んで、紆余曲折を経て、最終的には周囲に祝福されて結ばれるのだった。アタシにはそれが、とても美しくて、とても異質なものに映った。

 現実の男の子も同じだ。教室の中でぎゃあぎゃあふざけ合っているかと思えば、無垢で整った女の子に狙いを定めてからかう。アタシからしたら鉄板焼きハンバーグのつけ合わせのコーン——ううん、鉄板からはねたソースくらいの存在認識だった。そんなだから、自然と交友関係も女の子に固まっていた。

 うちには他の子の家と違ってパパがいなかったので、学校を出れば、男性と触れ合う機会も皆無だった。


 初恋はママのお姉さんの娘——七つ上の従姉妹のお姉ちゃんだった。

 部屋で二人きりになったとき、わがままを言って膝の上に座らせてもらって、思い切ってその場でキスをした。その頃のアタシの、幼稚でなけなしの勇気を振り絞って。

 唇を離し、ドキドキと熱に浮かされた酸素不足の頭でお姉ちゃんを見つめたとき、彼女はアタシの目許を温かな手で撫でてくれた。


『そういうことは、誰にでもしちゃダメだよ。いつか好きな人ができてから、その人とするのよ』


 ——どうしてそんなことを、なんでもない顔で言うの?

 アタシはお姉ちゃんが好きだからしたんだよ。

 そんな風に打ち明けていたら、今頃は何か変わっていただろうか。いや、きっと言わなくて正解だった。知られてしまえば『普通の従姉妹』という関係すら破綻していたと思うから。




 ——アタシはお兄ちゃんが好きだ。

 異母兄妹がいると知ったのは、高校受験を考え始めた頃だった。


 好きというのは、当然のごとく兄妹としてである。バカ親父は奔放な人で、アタシのお母さんと恭一くんのお母さんと全く同時に付き合っていて、ほとんど同時に身篭らせた。アタシは恭一くんからしたら、ちょうど一週間だけ離れた、片方だけ血の繋がった妹だ。ちなみに、バカ親父が生きているのか死んでいるのか、何をしているかは、本人以外誰も知らない。

 恭一くんと同じ橘高校に入学したのは偶然じゃなく、羽賀恭一という名前と出身中学を頼りに、小学校からの知り合いのつてを駆使して志望校を割り出したのだった。

 女の子だったらよかったのにと思いつつ、やはりお兄ちゃんという存在には興味があった。ほぼ双子と言ってもいい。多少こざかしい策を弄してでも、対等な女の子として会いたかった。

 それなりに偏差値が高いから受験勉強は苦労したけれど、橘に無事入学が決まった。合格者に渡される封筒を手にして、スキップして家に帰ったのを覚えている。裏ルートからの情報によると、恭一くんも危なげなく合格したそうだ。


 しかし、同じ高校にいるからと言って、そう都合よくクラスが一緒になるわけもなく、明確な接点を作れないまま一年が過ぎてしまった。


 いよいよ行き詰まっているときに、初香さんに出会った。

 おそらくアタシは、雷に打たれたように目を奪われたと思う。生命力と存在感——まるっきりそれらを体現した彼女に対して、恋愛うんぬんの感情よりも先に尊敬の念を抱いた。

 あれだけ懊悩していたというのに。初香さんと出会ってから、数週間もしないうちに、至極あっさりと恭一くんの側にいることができるようになった。

 彼は会話の中に独特の間を挟む人で、まくし立てるように話しがちなアタシとはまるで正反対だった。最初の頃こそ話しにくかったものの、次第に、テンポがずれているのが、逆に居心地いいと感じるようになった。

 放課後の校庭へ、凛咲りんと三人でフィールドワークに出たとき、彼が即興で描いた風景画は、私の言葉を失わせるに十分だった。




   *




 いちかちゃんと萌黄くん——従姉妹の二人に自分を重ねていないかと問われれば、自信がないと答えるしかない。だから、余計に口を出したくなってしまうのだ。

 アタシと違って、彼女たちには結ばれる可能性があるように思える。萌黄くんは擦れているように見えて、純情で一途。いちかちゃんは相手の性別で恋愛対象をふるいにかけたりしないだろう。二人とも、社会に蔓延っている倫理観の上に立った自分の信念を持っている。

 シケンで過ごして少しずつ分かってきた彼女たちの考え方。伊達に自由を謳う初香さんの元で育ってきたわけじゃないと感心している。


 そして、斉木とゆっちゃんが気になるのは、やっぱり自分と重ねている可能性があるんだろう。アタシは恭一くんを敬愛している。ゆっちゃんも心のどこかでは多分、漫画家を直向きに目指す斉木くんのことをリスペクトしている。本人に指摘したところで、雪崩のような否定が返ってくるのは目に見えているけれど。


 ——アタシは初香さんと凛咲りんのことが好き。

 ——アタシはいちかちゃんと萌黄くんのことが好き。


 ——アタシはしーちゃんのことが好き。

 ——アタシはゆっちゃんのことが好き。

 ——アタシは珠ちゃんのことをもっと知りたい。


 まるで節操ないようだけれど、シケンとその周りの子たちはやっぱり魅力的だ。

 アタシはアタシのたった一人の女の子に出会いたい。その人と、目の前の出来事で笑い合い、未来への期待に胸を弾ませ合いたい。


 向日葵は陽に向かって花を咲かす。

 自分だけの陽の光を目指して、『シケンのひまわり』たるアタシは今日も恋に生きるんだ。




   ***続く***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る