朝《よかん》


 四月九日 午前五時五十八分。


 目覚ましが鳴るよりも早い時間だ。

 少女はベッドの上で半身を起こし、薄緑色のパジャマの胸元に両手を載せる。いつもより少しだけ胸が膨らむ思いがするのは、まだ見ぬ高校生活に逸る気持ちのせいだろうか。

 ピッ……と、今まさにまどろみの終わりを告げようとした目覚まし時計を止めて、ベッドから立ち上がる。

 冬の名残の鋭い冷気に満ちた薄暗い部屋の中、南東に面した窓をカーテンと共に開け放ち、ぐっと伸びをして、深呼吸をひとつ。朝のひんやりとした空気を肺に吸い込むと、一気に目が冴えた。

 二階のベランダから臨む庭では、遅咲きのソメイヨシノが満開の花弁を惜しげもなく散らす。その足元には、濡れた草木が朝陽を浴びて輝いている。


「うんっ、本日も晴天な〜り」


 上機嫌にそう呟いて、左脚を軸にくるりと半回転。部屋の中に向き直る。その視界に、ハンガーラックに掛かった濃紺のブレザーとチェック柄のプリーツスカートが飛び込んでくる。少女はしばらくそれを眩しそうに見つめていた。

 今度は傍らの机の目を移す。その上には綺麗に折り畳まれた白いブラウスと深みのある臙脂色のネクタイピン、そして新品の白いデジタル一眼。

 少女はパジャマを脱いで、真新しい長袖のブラウスに袖を通す。丁度三年前と同じように、新鮮でちょっとこそばゆい肌触りに迎え入れられる。

 この扉の向こうにたくさんのかけがえのない出会いが待っている。そう考えるだけで自然と口許が綻んでしまう。

 ——それは漠然とした、しかし確信にさえ似た予感だった。


「もうちょっと待っててね」


 手早く身支度を整えると、机の上の新たなパートナーであるカメラに向かってそっと一言囁き、部屋を後にする。

 少女は栗色の髪をふわりと翻し、胸元のボタンを掛けながら階段を駆け下りた。




   ***続く***

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