僕と先輩の邂逅
退屈のあまり寝ていた授業が終わり、退屈な時間からは抜け出したものの、眠さには勝てずにそのまま一時間ほど寝てしまった。
明日は部活動加入届の提出締め切り。
若干面倒に思えてきたが、今日こそはいかなければいけない。
僕はすっかり人気のなくなった教室を出ると、前に聞いていた活動場所に向かう。
移動の時間とはつくづく無駄なものだと思わされる。
考え事をしながら歩けば物や人にぶつかるし、だからといって何もしないのでは暇だ。
歩きスマホをする人を肯定するわけではないが、ああいう人たちは時間を有効活用していると思う。人に迷惑を掛けている時点で論外ではあるけれど。
そんなくだらないことを考えながら、部活棟と呼ばれているらしいもう一つの校舎、西棟に二階の渡り廊下から入る。
西棟に入ってすぐにある階段を一階分上がっていき、三階の廊下に出る。
この高校の体験入学の時にも思ったが、西棟は本棟に比べて無機質で冷たい感じがする。
そんな廊下をゆっくりと歩いていると、目の前から二名の生徒が歩いてくるのが見えた。
上靴の色が僕と同じなので、たぶん一年生なのだろう。
その二人とすれ違ってすぐ、『美しい言葉を探そう部』と丸い文字で書かれている紙が貼ってあるドアを見つけた。
中から何やら話し声が聞こえてくる。
「ねえ、本当に良かったの?このままだと……」
「うーん。でも、あの人たちは嫌だったので」
「あなた、ずっとそう言ってるじゃない。大丈夫なの?もう後が……」
「いいんです」
何となく話が終わるまで待った方がいいと思って待っていたが、どうもどうやら中にいるのは上下関係がある二人のようだ。
その高さから二人とも女性であることが予想できる。
その後、声が聞こえてこないので、今が入るのにはいいタイミングなのかもしれない。
僕はノックをして横開きのドアを開ける。
「失礼します」
僕がそう言った瞬間、中にいた二人が固まった。
まず一人、立って状態でフリーズしているのは着ている服から教師だろうと分かる。この部活の顧問だろうか。
もう一人は皆が振り返りそうなほど美人な女の人。制服を着ているのでこの学校の生徒だとわかる。靴の色は二つくっつけられた机のせいでわからないが、名札の色から二年生で名前は『古都 葉奈』だとわかる。
その二人の女性の様子に僕は首をかしげる。
いないものとして扱われるとか、必要以上にかまわれるとかなどの
何かこの状況を改善しようにも原因がわからないことにはどうしようもないが、話しかけるのを戸惑う空気が流れていて、話しかけられないというジレンマ。
そうは言ってもこのまま黙ってるわけにもいかないので、勇気を出すことにした。
「あの……」
「はぁ……
あ、これ歓迎されてないやつだ。
顧問らしき女性のため息から感じ取れた疲れの色がそれを嫌でもわからせた。
「せ、先生!き、きっとこの人は大丈夫ですよ!たぶん」
最後に小声でたぶんをつけたあたり、古都先輩もあまり何かに期待はしていないのだろう。
漢字の読みは分からないが。
そして相変わらず状況は理解できない。
「あのー、とりあえずこれどういう状況なんですか?」
「あ、はい!入部希望の子だよね?」
あ、もしかして僕勘違いされてる?
「まあ、希望というかなんというか……」
「? まあいいや。面接させてもらうね」
面接?
なんで見学に来たのに面接を受けるのだろう。
まあ、ここでいろいろ言ってもこの人の時間を無駄に使ってしまうだけなので大人しく受けておこう。
「は、はぁ……」
「うん。じゃあそこに座って?」
そう言われたので向かいの席に座っておく。
それを見た古都先輩はてきぱきと何やら紙を取り出す。
「じゃあ、いくらか質問してもいい?」
「はぁ……」
「まずクラスと名前は?」
「1‐C、
「どういう字?」
「楽器の琴に森の木。数字の0を漢字表記にした零です」
「こう?」
そう言いながら古都先輩は丸い文字で書いた『琴木零』という字を見せてきた。
丸さ加減がドアに貼ってあった『美しい言葉を探そう部』という文字とそっくりだったので、あの文字もこの先輩が書いたのだろうという推測が立った。
「そうです」
「よかった。人の字を間違うとか失礼だから。じゃあ、次の質問行くよ。なんでこの部活に入ろうと思ったの?」
「入ろうと思ったという訳ではないんですけど、単純に興味深かったからです」
「興味深い?」
「はい。この部活の名前は『美しい言葉を探そう部』ですよね?で、この美しい言葉とは何を持って美しいと定義しているのか。そもそも美しいとは何か。それが知りたいというのが今日ここに訪れた……うお!?」
話し切る前に、先輩がすごい勢いで立ち上がって僕の両手を取るという謎の行動をしてきたので、思わず変な声を上げてしまった。
先輩は良きを吸い込むと、目をキラキラさせながらその言葉を放つ。
「零君!キミは、ずっとボクが探していた人だよ!!」
「は?」
始めから思ってたが、絶対何かがかみ合っていない。
しかし、そんなことを思っていてもそれが伝わる訳もない。
「ボクはずっとキミのような考えができる人を探していたんだよ。でもなかなかいないから結局部員は増えなくて、もうこの部も廃部かなと思っていたところにキミが来てくれたんだ!
まさにキミはこの部活の救世主!
「は、はぁ……?」
つまり人数的に廃部寸前だったところに、何故か入部条件を満たした僕が来たから、廃部は回避できたということだろう。
でもそれよりも気になることがある。
古都先輩が自分のことを『ボク』と言っていたことだ。この先輩は現代日本においては存在が怪しまれてきた『ボクっ子』だという可能性が浮上してくる。
「だから、ボクは欲を言えば今日、今からでもキミと活動をしてみたい!けれども、“部活動加入届を提出した翌日からしか活動をしてはいけない”というよくわからない校則があるせいでそれもできない。だが!せめて明日からは活動をしたい!キミともっと話してみたい!……このような言い方をするとプロポーズのようにも聞こえてしまうかもしれないが、そうではない。っと、話がそれたな。でだ、明日から活動するために必要なのは
さあ、早く加入届を出してくれ!もらっているだろう?」
確実に『ボク』と言ったことに対する驚きでフリーズしていたが、暫くして古都先輩が言った言葉の処理が終わり、要求されていることが理解できるようになる。
僕はバッグの中にある適当にプリントをはさんでいるファイルから入部届と書いてある紙を出し、古都先輩に渡す。
古都先輩は驚くほどのスピードで空欄を埋めると、立ち上がる。
「先生!お願いします!」
「あ、ああ。だが、良いのか?さっきからあいつ何もしゃべっていないが」
「あ……」
先生は僕の存在を認識しているという事実が確認できたのでよかったが、古都先輩は何やら重要な事実を思い出したようだ。
何故か焦ったような表情をしている。
「か、加入してくれるか?」
古都先輩は何故か焦ったようにそう訊いてくる。
そもそも僕はこの部活で『美しい』とは何を基準にしているのかを知るために来ただけなのだ。
だから、その答えさえ聞ければ入部する必要はない。
だが、古都先輩の先ほどのマシンガントークからは、この部活動に対する情熱が感じ取れた。
僕にも同じくらいの情熱があるかと問われればNOと答えるだろう。
そう言う意味では、その情熱が向けられた先である言葉は、どれほどの価値があるのだろう。
この人がそんなに良いものだと思う言葉は何なのだろう。どういうものなのだろう。
知りたい。
単純にそう思った。
僕の中からあふれ出る知識欲に、他の考えは次々に塗り替えられていった。
「僕は――」
そこまで言って一瞬我に返る。
本当にいいのか?という問いが頭の中でなされるが、僕を見る古都先輩の表情は不安そうで、必死さが伝わってきた。
何となく、その姿を見たくないと思って、
「――加入します」
気が付くと僕はそう言っていた。
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