ボクと彼の邂逅



「うん。質問は以上。来てくれてありがとね」


ボクがそう言うと、目の前にいた後輩君は立ち上がって教室から出て、扉を閉めていく。

ちらりと前に面接をした男の子が見えたので、今出た後輩君を待っていたのだろう。


ああ、嫌になってくる。

何でこの部活動に入部を希望してくる生徒はみんな下心ばかりが見える男子ばっかりなのだろう。

いや、原因は分かっている。

この部活動に所属しているのはボクしかいないので、女子と二人きりというシチュエーションを望んでいるのだろう。

そして、ボクのことを舐めるように見てくるのは虫唾が走るとしか言いようがない。

だから男子は嫌いなんだ。


そんなことを思っていると、顧問の北見先生が話しかけてきた。


「ねえ、本当に良かったの?このままだと……」


先生は言いにくそうにそこで言葉を切った。

いや。言いたいことは分かっている。先生は、『このまま新入部員を受け入れないと廃部になる』と言いたいのだろう。

この学校では、部活動は開設時に五人以上いれば、一人にならない限りは存続ができる。

裏を返せば、一人になってしまったらその部は存続ができないということになる。

まあ、生徒会長が招集する部活動会議にて『部活動としての存続が不可能』と決定されてしまえばその限りではないのだが。


「うーん。でも、あの人たちは嫌だったので」


ボクはそう答えておく。

というのも、この学校は入部するのには部長の許可が必要なのだ。

それを逆手にとってボクは面接をして邪な感情を抱いていそうな人の入部を断っているのだが……


「あなた、ずっとそう言ってるじゃない。大丈夫なの?もう後が……」

「いいんです」


反射的にそう返してしまうが、実際は非常にまずい。

このままだと、この部活動が廃部になってしまうからだ。

しかし、邪な思いを抱いた男子の入部を許して襲われるくらいであれば廃部でも仕方ないとは思わなくはない。


それに、もう遅い。

加入届の提出の締め切りは明日の昼休み。

つまり今日が最後。

しかし、もう時間帯的に誰も来ないであろう。

そう思っていたのだが……


――コンコン


「失礼します」


そんな声とともに、かなり顔が整っている男子生徒が入ってきた。

誰かが来たという驚きと、その顔の美しさに思わずじーーーーっと見てしまう。


「あの……」

「はぁ……またか……」


ボクたちが何も言わないので困ってしまったのか、何かを聞きたそうに話しかけてきた男子生徒の声を遮るように先生はため息をつくと、そんな台詞セリフを言う。

本人を前にそんなことを言うのはどうかと思う。


「せ、先生!き、きっとこの人は大丈夫ですよ!たぶん」


自分で言って自信がない。

それも、この二週間で部活に来た人達が全滅だったせいだ。

なので、またどうでもいいような入部理由を聞かねばいけないのかとため息をつく気持ちは大いにわかる。

でも、恐らくこれで最後だと思うと、何とか乗り切れる。


「あのー、とりあえずこれどういう状況なんですか?」


単純に疑問なのか、印象に残すためにやっているのかはわからないが、おずおずとそんなことを聞いてくる。


「あ、はい!入部希望の子だよね?」

「まあ、希望というかなんというか……」


なんだか歯切れが悪い。でも、ボクだってこんな茶番は早く終わらせてしまいたいのだ。要件はさっさと言ってほしい。


「? まあいいや。面接させてもらうね」

「は、はぁ……」


何かが納得いかないのか、曖昧な返事をする生徒に少しいらいらしながらも、それを何とか抑えながら座ってもらう。


「じゃあ、いくらか質問してもいい?」

「はぁ……」


何故かこの質問に対しても少し納得いかないような感じで返事をしてくる。

その様子に今までの生徒とは違うと違和感を感じるが、今までの生徒全員にしてきた質問をすることにする。


「まずクラスと名前は?」

「1‐C、琴木ことき れいです。」

「どういう字?」


名札を見ればいいだけの話なのだが、こういう時にどう表現するのかを知っておくのは大事だと思う。

どうせ駄目だろうけど。


「楽器の琴に森の木。数字の0を漢字表記にした零です」

「こう?」


そう言いながら言われた通りに書いた紙を見せると、頷きながら「そうです」と返してきた。

まあ、名札を見たから間違っているはずもなかったのだけれど。


「よかった。人の字を間違うとか失礼だから」


心にもないことがよくもまあスラスラと出るものだ、と自分の事ながら思う。


「じゃあ、次の質問行くよ。なんでこの部活に入ろうと思ったの?」

「入ろうと思ったという訳ではないんですけど、単純に興味深かったからです」

「興味深い?」


ボクからすればその発言その物が非常に興味深いのだが、この零という少年は恐らくボクがそう思っていることに気が付いていないだろう。


「はい。この部活の名前は『美しい言葉を探そう部』ですよね?で、この美しい言葉とは何を持って美しいと定義しているのか。そもそも美しいとは何か。それが知りたいというのが今日ここに訪れた……うお!?」


ボクは感動のあまり零君の手を両手でガッシリと掴んでしまった。

だが、それも仕方ないと思う。

なぜならば、彼こそが、ボクが何人も何人も邪な思いを抱いている男子と面接をしながら、見つけたいと思っていた人物だったのだから。

しっかりと『美しい』というものに対して自分なりの答えを持っている、それを知りたいと思っている。そんな知識欲がある人。

そんな人をボクは探していたのだ。


やっと見つけた。

この人材は手放したくない。


ボクはそれだけを考えていた。


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