小説家と記者のお話
むかしむかしあるところに親の脛をかじって生活する売れない小説家と早くに両親を亡くし年中無休で働くフリーランスの記者がいました。
二人は中学生時代、文学部でお互いに物書きとして時間を共にした親友でした。
卒業して離れ離れになってからも三日に一度は顔を合わせるような仲でしたが、記者の仕事が軌道にのり東奔西走で忙しくなると会うのも難しくなりました。
そんなある日、小説家に記者から連絡が来ました。
「今度の週末、たまたま、お前の家の近くに行くから、一緒に飯でもどうだ?」
ここ一年は顔も合わせずにいたので、小説家は直ぐに「いいね。」と返事をしました。
当日、小説家が待ち合わせの飲食店に入ると、既に席を取っていた記者が気づいて声をかけます。
「おおー、こっち、こっち。」
二人は会うと中学生の頃に戻ったように楽しく談笑を始めました。
食事をしてしばらく昔話に花を咲かせた後、そろそろ出ようかという矢先、小説家が「あのさ」と重たい口調で話し始めました。
「俺、小説家やめて就職しようと思うんだよね。」
小説家の衝撃の言葉に記者は固まってしまいます。
「え?……いやいや、せっかく小説家になれたんだし、もう少し頑張ってみたらどうだ?」
小説家は自嘲気味に答えます。
「小説家って、俺の小説が賞をとったのはもう三年も前だぞ。昔は良かったよ、新人賞を取った勢いで文豪になって印税生活で過ごしたいとか言ってよ。……親ももう歳だし、いい加減、現実みないと。」
記者は黙って聞いています。
「ただ、最後にお前にだけは謝っておきたいと思って。この世で一番応援してくれてたから。有名になったら独占インタビューを書かせてやるって約束、守れなくてごめんな。」
小説家がそう言い終わっても、まだ固まったままの記者はゆっくりと口だけ開いて言います。
「……そうか。仲間内で唯一、お前だけが夢を叶えて、小説家になったもんだから。何というか、まだ受け止めきれないというか。」
今度は小説家が黙って記者の言葉を聞きます。
「でも、お前が決めたことだもんな。俺はどんなことでも応援するよ。じゃあ、あれだ、ここは新たな門出を祝って、会計は俺が持つよ。」
記者は無理に口角が上げられた歪な笑顔で立ち上がり、伝票を持ってレジにいきました。
席に一人残された小説家は、記者が置いていった鞄から飛び出ている一冊の雑誌が目に付きます。
記者に悪いとは思いつつも、その雑誌が小説家にはよく見るものだったので手に取ってしまいました。
雑誌にはいくつか付箋が貼られており、そのページには「新人賞の時と同じとこだから賞が狙いやすい」「審査員が好む世界観が近い」など明らかに記者自身に向けた言葉ではない文字が書かれていました。
「あ、見つかっちゃったか、小説公募の雑誌。」
会計から帰ってきた記者が言います。
「仕事で知り合った編集者さんに、友達に小説家がいるって言ったらくれてさ。ちょうど会う時に渡そうと思って持ってきたんだ、余計なお世話だったな。」
記者は雑誌を受け取ろうと小説家に手を伸ばします。
「いや、一応、せっかくだし貰っとくよ。」
小説家はそっと雑誌を閉じ、二人は店を後にしましたとさ。
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