常連客とマスターのお話

 むかしむかしあるところに大通りから外れた場所でバーを開く老爺のマスターとその店に通う男性の常連客がいました。バーは常連客だけで貸し切り状態です。

 「それで、若い連中は消極的なんですよ。俺が若い頃は仕事は奪ってでもやるもんだったのに。」

 常連客がマスターに愚痴を話しています。

 「時代は移り行くものですから。」

 なだめるマスターに男は言います。

 「まあ、そうなんですけどね。ただ、もうちょっと挑戦して欲しいというか、チャンスを掴んで欲しいというか。」

 常連客はグラスを中身のカクテルが波打つようにゆらゆらと回します。

 マスターはそんな常連客に落花生の入った小皿を出して言います。

 「私もバーを経営して数十年になりますが、一見で来て下さる方は少ないです。そういう意味では、挑戦してきてくださる方はありがたい限りですね。」

 常連客はグラスを置き、ピンと伸ばした人差し指をマスターに向けて言います。

 「そう、そうだよ。俺も挑戦したから、こんな良いバーに巡り合えたわけだしさ。チャンスはきっと挑戦を待ってくれてるんだよ、それが分かってくれればなぁ。」

 小皿に続けてマスターは少し大きな皿の料理を出します。

 注文していない料理に常連客は言います。

 「これは?」

 「サービスです。新しい料理を考えてまして。」

 マスターはにこやかに笑います。

 「え?でも、マスターの考える料理ってマズ……」

 「チャンスはお客様の挑戦を待ってますよ。」

 マスターに声を遮られた常連客は、渋い顔で料理に手を伸ばしましたとさ。

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