会うことが叶うなら

 久しぶりに姉と再会し、祖父母にも再会した。昔と変わらない元気な祖父母とお茶を飲んで、他愛もない話をしている間も僕の頭の中には靄がかかっていた。ここにいないのは母だけだった。

 実家の祖父母には母が遠く離れた場所で仕事に励んでいるという話が伝わっていた。もう親に迷惑をかけたくはなかったのだろうか。誰の力も借りずに一人で生きていけるとでも思ったのだろうか。

 真実を祖父母に伝えない姉はどんな気持ちでいるのかわからない。母親がいないまま、あそこに住んでいる理由がわからない。

「なんで母さんはここに帰ってこないの?」

 僕は姉を外に呼び出して、二人で会話をすることにした。

「まあもう帰ってこれないが正解かな。ここに帰ってきたところでおじいちゃんとおばあちゃんに迷惑をかける。人に迷惑をかけたくない人だから。本当は自分が年取ってきたおじいちゃん達を見なきゃいけないのにそれもできないし。私はそんなお母さんの気持ちを汲んでここに来たの」

「でもそれは姉さんに迷惑をかけていることになるんじゃないの?」

「母さんがそれを知らなければいいだけのこと。私自身ここに帰って来たことを迷惑だなんて思ってないし。ここに来たからこそちゃんとした仕事ができて、お母さんの入院費を稼ぐことだってできる」

「え、母さんの入院費を払ってるの?」

「そうだよ。私の稼ぎ以外にも母さんの口座に誰かが補填してくれてるみたいだけど」

 そう言って姉は祖父母と談笑している凛花を見た。

「凛花がお金を振り込んでること知ってたの?」

「確信はなかったけどね。最初はあの子が口座を知っているとも思わなかったし、そのお金も誰からの送金なのかわからなかったから怖かったんだけど。でも母さん通帳を二つ持っててさ、一つはアパートの支払いをするために使っていた通帳だった。あの子母さんが住んでたアパートを引き継ぐ形で住んでるから色々な手続きをする時に口座番号を知ったんじゃないかしら?そこから入院費が引かれると思った凛花が使っていない通帳にずっと送金を続けてる」

 姉は名探偵のような推理をしていた。だがそれでは凛花が母のために辛い仕事を続けていることが全て無駄なのではないか。凛花が母のために稼いだ金が貯まっているだけと知ったら彼女は悲しむはずだ。

「何で凛花が送金しているって可能性が浮かんだ時に伝えなかったの?」

「凛花のお母さんに対する愛の形だからだよ。お金を愛の形と呼ぶことには抵抗があるけど、大切な存在であるお母さんのために彼女は送金してる。それを無下にしたくはなかった。今後この貯まったお金が凛花の大変な時に役立てば私もお母さんも本望だしさ。だからそれを伝えることにメリットはないと判断したの」

 ここにも僕の知らない愛の形があった。金銭が必ず愛に直接繋がるとは言えない。だが金銭のない者にとってそれは生きていくための術となる。場合によっては具現化できる愛の形となるのだ。それも理解できない僕はやはり幼い。

 凛花は辛い思いを押し殺した末に母の命を繋いでいると思っている。しかし実際にその命を繋いでいるのは姉であり、凛花のことを思って金銭を貯めているのも姉である。そこには巡り巡る愛の形が目に見えて存在しているのだ。互いに思い合う形が愛を繋げている。

 それは僕たちの家族にもあることではないだろうか。四人がそれぞれを生きていくために必要な存在であることを理解し、無意識に愛を注ぐ。具現化できる愛の形である親の稼いできた金銭を使って、僕たちは成長した。それに対し、僕たちは親のために立派な人間になろうと意識する。親を楽にしてあげられるように。それは向けられている愛が繋がっているということではないだろうか。

「もしさ、あの家族に戻れることがあったら姉さんは戻りたい?」

「あの頃に戻れなくても、今家族一人一人が愛し合っていればそれでいいのかなって思う。それがあれば今も昔も家族としての本質は変わらないんじゃないかな」

 姉の言い分は的を射ている。僕たちはもうあの頃の家族に戻ることなどできないのかもしれない。ただ僕たち家族が愛を繋ぎ合わせて、思い合っていればそれだけで家族として成立する。

 だからこそ確かめなければならない。家族の愛の形を。

「なるほどね。何にせよ僕は母さんのところに行かなきゃいけないみたいだ」

「祐が今求めているものがきっとそこにあるよ」

僕は決意を固めて、母のところへ向かうことにした。

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