二度とない再会
僕と凛花は店を後にして、母の実家を目指していた。また手を握り合いながら。
「楓さんの件、余計なことしたかな?」
「私も元気にしているっていうつもりだったよ。正解だったかはわからないけど」
「きっと正解じゃないかな」
僕たちは分かり合えている。この短い期間の中で、何か大きなものが僕たちを包んでいる気がした。
タクシーの中でも僕たちは手を握り合った。街の喧騒はどこかへ消え去り、いつの間にか稲の切り株が佇む寂しい田園風景が広がっていた。
「この辺、私が生まれたところだよ。辺鄙なところでしょ?」
「そうかもね」
「だから、あんまり祐くんの実家と変わらないよ」
田園風景はいつまでも広がっている。この田にまた新しい稲穂が植えられる頃僕はどこで何をしているだろうか。
タクシーから降りると、すぐ近くにコンビニがあった。僕たちはそのコンビニに立ち寄る。辺鄙なところに建っているコンビニには人の影がない。
「あ、私煙草無いから買ってくるね。祐くんは何もいらない?」
「いや、僕も一緒に行くよ」
「買うものないんでしょ?」
「まあ、今の所は」
「じゃあ私煙草だけ買ってすぐに帰ってくるから待っててよ」
凛花は僕の手を振りほどいて、店内へと向かっていった。手のひらには久しぶりに感じる虚無感があった。入り口の前にいるのも悪いと思い、少しずれたところでリュックからお茶を取り出し、一口飲む。その瞬間自動ドアの方から大きな音が聞こえてきた。僕が驚きながらその方向を向くと、一目散に走ってくる凛花の姿があった。その顔は暗がりでもわかるほど青く色付いていた。
「隆一がいる。早く逃げよう」
僕は凛花の手を一瞬離したことに後悔する。ただそんなことを思っている余裕はない。僕は凛花の手を握りしめて、走り出した。
「待てよ!」
空にまで届きそうな声に僕は背筋を凍らせた。後ろを振り向くと派手な緑色の制服を着た隆一が僕たちの背中を追いかけている。僕は必死に逃げるべきかを迷った。ただいつまでも追いかけてきそうな隆一を振り切るのは難しい。僕は足を止めた。
「凛花、ここは任せて。とにかく携帯でやり取りを記録してほしい」
凛花は震える指で携帯を取り出し、ビデオの録画ボタンを押した。
それを確認した僕はゆっくりと逆方向に体を向ける。止まった僕を見た隆一は不敵な笑みを浮かべている。それは気味の悪いものだった。
「お前は誰?」
「彼女の旦那です。そちらこそ誰ですか?」
隆一は旦那という言葉に驚いた様子だった。僕は凛花の前に立ち、腕組みをする。左手を上にして、よく見えるように。
「え?そいつは俺の妹だよ」
「何を言ってるんですか?妻に兄はおりませんけど?」
僕の鬼気迫る視線はこの暗がりでも彼に伝わっているだろうか。それでも僕に向けて隆一は一歩一歩近づいてくる。
こいつは自分の狂気に気付いていない。よほど精神が屈折しているらしい。こんな人間が普通に暮らしていけると思うと少しだけ自分に自信が持てた。
目の前に隆一が立った時、彼は僕の左手を見た。その瞬間、表情がぎこちなく崩れていく。これで結婚の事実を信じてくれたはずだ。
「いや、家を出ていった妹に似ていたものですから」
隆一は先ほどの威勢を無くしていた。暗がりが功を奏した。僕は凛花に合図を出し、動画を止めさせる。
「あの、今自分のなされたことわかってます?まず勤務中の職務放棄。あと僕たちを脅しましたよね?証拠はありますから、このまま警察に言ってもいいんですよ」
そう言って凛花から携帯を借り、隆一に先ほどまでの動画を見せて心理的に追い込む。僕はどうやら意地悪が得意らしい。隆一の顔からは血の気が無くなっていく。
「すみません。警察だけは勘弁してください」
隆一は青い顔でへらへらと笑いながら、何度も軽く頭を下げていた。一体どんな精神状態なのだろう。
「他人に危害を与えるような方は警察でしっかりとしつけてもらったほうがいいと思いますが」
僕はもう少しだけ彼との距離を詰める。彼は半歩ほど後ずさりした。もうその顔には変な汗がにじんでいた。そして、そのまま地面に勢いよく座り込み、土下座した。
「申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした」
この状況を誰かに見られると僕たちが逆に通報されそうだった。だが性格の悪い僕はその情けない姿に笑いを堪えきれず、少しだけ吹き出してしまった。
「反省してくれたようですので、通報はしません。今回はこの程度で済ませましたが、次回はそうもいきませんからね。気をつけて」
僕は顔を上げることのない彼の肩を軽く叩いてその場を後にした。凛花の手を固く繋ぎながら。
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