夢はどこに
俺は幼い頃から絵を描くことが好きだった。暇さえあれば描いていた。
下手くそであれば馬鹿にされたかもしれないが、俺の腕前は確かなものだった。学校でもすぐ人気者になれる武器を日々磨いていった。
しかし全国の壁は厚い。応募していたコンクールでは中途半端な成績しか残せず、絵を描くために進学を許すことはできないと両親から口酸っぱく言われ続けた。そのため、もう進学する夢は叶わないと諦めていた
しかし、最後に描いた絵が全国区の大きなコンクールで最優秀賞を取り、両親に絵描きとしての実力を示すことができたおかげで学費の安い国公立の美術大学へ進学を認めてもらった。これは非常に運が良かった。
俺は実家を離れ、バイトをしながら一人暮らしを始めた。狭い六畳一間でもそれは心地の良い空間だった。しかし、その自由な時間があることに味を占めた俺は絵を描くことよりも遊びに没頭してしまう。
絵は描いていなくても実力が落ちることはなかったが、成長することはなかった。周りの学生との差が顕著になってきたことを実感した時、俺は間違った学生生活を歩んでいたことに気付く。
俺は一念発起し、巨大な絵の作成に挑んだ。しかし構想時から念頭にあったスタイルのいいモデルはなかなか通っている大学で見つけることができなかった。
絵を描くことが制約され、現実に困惑している頃バイト先に新しい女の子が入った。それが祐子だった。肌が白く、線の細い体つきはモデルとなる要素を兼ね備えていた。顔も俺より年下とは思えないほど大人っぽく、まさに最適な逸材だった。
それから俺は祐子を口説き落とし、彼女を描くことに勤しんだ。常に二人で行動していた俺と祐子は知らぬ間に惹かれあい、恋路の螺旋に絡まれていく。
その最中で描き上げた作品は会心の出来だった。間違いなく高い評価を得られる。そう思っていたが、現実は甘くなかった。俺の絵は何の賞も取ることなく、アパートの押し入れへと眠ることになったのだ。
それから俺はまた絵を描くことをやめた。学校に行って出席を取り、課題を適当に描いて提出するだけの生活を続けた。もう俺と周りの間には埋めることのできない差が開いている。そう思った瞬間に絵描きになる夢を追い求めてはならないと悟る。その姿を祐子はどんな気持ちで見ていただろうか。
何もしないまま最終学年に上がった頃、俺は祐子に絵描きになることを諦める旨を伝えた。それを聞いて寂しそうな顔をしていたが、祐子はすぐ俺に提案をしてきた。
「だったら私が描きたいと想っていた絵を代わりに描いてほしい。私は絵が描けないからさ」
俺が描くことを諦めようとしているのに、絵を描くことに執着させようとする祐子を怪訝に思った。ただ俺は必ず大学を卒業しなければならない。中退は履歴書に箔がつかないからだ。一般企業に就職する道しかない俺にとってそれだけは押さえておきたかった。
そのためには卒業制作を完成させ、単位を取らなければならない。俺はそれを卒業制作に使うという条件で描くことにした。
その作品を描き終えた俺は無事に大学を卒業することができた。それは会心の出来ではなかったが、祐子は喜んでくれた。あの笑顔は今でも思い出すことができる。あの絵はまだどこかに残っているだろうか。
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