受話器越しに
東京へと来て一週間。ネットカフェで寝る生活にも、予想通り闇雲に鳴る電話を無視することにも慣れ始めた。
次第に金は底を尽き始める。だが一週間ほど贅沢をしても余裕のある残高に少しばかり安心した。また、凛花を指名したとしてもまだまだこの生活を送るためには苦労しない。覚悟を決めて、僕はまたラブホテルへと足を踏み入れた。
「あ、あの凛花さんを指名したいのですが」
僕は手を震わせながら、凛花の名を発した。
「すみません。凛花は今日出勤しておりません」
「あ、じゃあ今回は結構です」
電話を切る頃には自然と落ち着きを取り戻していた。誰もいないホテルの一室。広いベッドに体を横たえると、寂しさを通り越すような安心感があった。一人でいる方が心地よい。
君は一人で生きていくことに慣れている。安心感のあるベッドがそう伝えている気がした。
人は一人では生きていけないという。それは子供の頃だけだ。大人になればある程度のことは一人でできるようになり、人の力を借りずとも生きる術を得る。友達や恋人、親。それらは全て見栄である。
僕は二十歳となった今から一人で生きていく。家のことも地元のことも何も考えず、誰も知らないこの土地で。
僕は光の入らない部屋で何時間も寝た。もう眠気など一生襲ってこないと錯覚するほどに。そのまま永遠に眠れたならば、僕は本当の一人ぼっちになれたかもしれない。
また僕は知らない街を歩き始めた。夜は賑わっている繁華街。朝はここも閑散としていた。
繁華街から細い路地へと入っていく。ホテルが並ぶこの路地ではよれたスーツを着たサラリーマンたちが覇気のない顔で職場へと向かっている。彼らは誰にも言えない秘密を、心の内に秘めているのだろう。
寂れた自動販売機の横に座り、僕はコーラを少しずつ口に含む。そして流れていくサラリーマンたちを舐めるように見続けていた。こういう奴らが家族を壊す。左手の薬指に思い出したかのように指輪をつける。このように非道な奴らが家庭を壊す。
僕と目を合わせた男は即座に目を逸らす。それは僕の視線が恐いからではない。自分の恥じている部分を見られていることが恐いからだ。
ペットボトルに入ったコーラには一滴の雫も残っていない。空のペットボトルを自動販売機の裏に投げ捨て、歩き出そうとした時だった。一人の女が僕の前を通り過ぎた。
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